台湾総統選挙分析試論(2)ー台湾民意の所在
台湾総統選挙分析試論を少し続けてみる。選挙結果に見る台湾民意の所在が興味深い。さしてない土地勘の台湾事情ではあるが、怖いもの知らずの、まさしく抛磚引玉を期待する所以ではある。
◾️政権交代? 台湾の政治成熟度
前回用いた直前(12月中旬)の台湾民意基金会(TPOF)民意調査によれば、政権交代を期待する回答が59.4%と過半数を占めていた。もちろん、TPOF調査の設問ワーディングは「政党輪替執政」とされており、政権担当政党の交替への期待度如何を問うもので、6割の回答者が民進党から国民党への政権交替を望んでいたことを物語る事前データである。だが、そうした事前期待にも関わらず、結果的に政権交代は起きてはいない!
これはどのように解釈すべきか?いわゆる“棄保”?あるいはBand Wagon=勝ち馬に乗るという心理だったのだろうか?投票日に先立つ10日前の3日には各種世論調査結果が報じられており、いずれも頼清徳ペアの優勢を伝えていたところから、政権交替を望みつつも、どうせこの一票も死票となるならば…といった心理が働いたものとも見るべきだろうか。
こうした不可解な展開の背景として、当然先ず予想されるのが前政権への評価如何であろう。実は、蔡英文執政への評価は相半ばしていた(賛同41.5%、不賛同48.2%)。これに基づくならば,蔡英文政権の執政には賛同する一方で、政権の長期化とは腐敗の蔓延、行政効率の低下等好ましからざる事態だという政治意識が醸成されつつあることも推測される。民主化以降の台湾における半ば成熟しつつある政治意識といってもよいかも知れない。その一方で国民党政治への不信等も根強くあり、そうしたリアルな現実判断との間の優れたバランス感覚が事前調査とは異なる投票結果をもたらしたと見ることも許されよう。
◾️中国ファクター?
次になんといっても注目すべきは、中国効応/ファクターであろう。台湾民意基金会(TPOF)の最新民意調査(2024/01)データを引用し、この中国効応/ファクターの民意への影響如何を見ることとする。
中国の経済制裁等の動きが選挙に与える影響につき、事前調査(TPOF 2023/12)では9割近く(「一点也不可能」53.7%+「不太可能」34.7%=88.4%)が影響し得ず/不可能と答えており、事後の民意調査(TPOF 2024/01)でも中国の選挙介入の程度を問う設問に対して50.3%の回答者が深刻ではなかったと答えている。
また、この選挙結果から中国が武力侵攻するのではないかとの設問に対しても、事後調査(TPOF 2024/01)ではなんと7割(69.0%)が危惧してはいない。農水産物の禁輸、関税優遇措置の撤廃、関連企業への税務調査等の国民党への側面支援の中国の“介選” も、実は、民進党の辛勝をもたらす結果でしかなかった。誤解を惧れず、立論すれば、7割もの大多数の台湾民衆は武力侵攻含む中国脅威を感じていないことを意味する。
「台湾有事」云々が喧伝される日米等海外視点からすれば、これらの台湾民意はあまりに楽観的のようにも映る。こうした台湾民意のありようはどのように解釈さるべきなのか。無論、この中国脅威無感情況とは、「民進党政権なら戦争は必至、戦争を選ぶのか、それとも平和を選ぶのか」と迫った国民党サイドの選挙戦術ミスを意味するものであるのは明らかではある。
とまれ、一つには中国側の認知戦が不首尾にして功を奏していないことを意味するものと解することも許されよう。となれば、中国側もこの結果を受けて、統一戦線方式等を通じ、認知戦のレベルとモードのブラッシュアップに注力することになるのかも知れない。あるいは日々喧伝される中国脅威が字義通り日常化するあまり、台湾民衆がすでにそれに慣れきってしまい、正常性バイアス(+同調性バイアス)に陥った“心理的麻痺”の証左なのか?
いずれにせよ、台湾現地にあっては、中国脅威感がさしたる存在とはなっていないことは明らかな事実として確認すべきであろう。であるにも関わらず、所謂「台湾有事」を殊更に言挙げする軍事専門家、安全保障屋グループにはこれを奇貨としての日本の防衛強化を企図せんとの底意があるやに疑われる。
◾️三党鼎立の可能性?
最終的には、今回の選挙に完全勝者は存在しないとも結論つけることができよう。なぜなら、3候補いずれも過半数支持を獲得することができず、最多得票の頼清徳/民進党ですら立法院では国民党に1票差と迫られているからだ。
こうした中、最も注目すべきは柯文哲/民衆党の善戦、躍進であろう。属性別分析では、若者世代、高学歴層、無党派層における柯文哲支持が歴然。とりわけ、ひまわり世代を中心とするZ世代の柯文哲への圧倒的支持とシニア世代の柯文哲不支持は好対照をなす。11月時点の野党候補一本化に際して、副総統として埋没してしまうことよりも政党としての存在感を際立たせることを選択し、不毛な統独論を超えその立場を敢えて明確としない《曖昧戦略》により、若年層、高学歴層の無党派層の取り込みに成功したものとみてよいのだろうか。
この結果、このまま時間が推移するならば、すなわち,若者世代の反二大政党意識がそのまま継続拡大し、台湾社会においてこれら世代の存在が一定規模に達するならば、将来的には台湾に三党鼎立体制が出現するのだろうか。
今回の総統選挙で明らかとなったのは統一をも、独立をも拒否するという台湾の民意であろう。すなわち,従来の《統独》論は最早争点たり得ず、そのことは「台湾は独立しようとしている」との中国側の謂も、「中国の脅威に晒されている」との台湾側の謂も共にフェイク、単なる政治レトリックでしかないことを意味する。
こうした間隙をついて、自らのポジションを明確にはしない柯文哲の《曖昧戦略》が功を奏したのが今回の選挙結果とも見られる。もちろん、この選挙結果を経ての中台関係、米中関係、米台関係の進展如何によって、この柯文哲《曖昧戦略》がそのまま機能し続けるとは限らない。行政と立法ののねじれの狭間に翻弄あるいは乗じて自らの独自性を明確にすることが求められる場面も生まれよう。失言、放言癖もあり、果たして単なるトリックスターに終わるのか、柯文哲の今後が注目されるのもまさしくこの所以である。 [了]
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