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定点観測 ①

 20XX年〇月○日午後6:00


 今日もいつもと同じ場所で観測を行う。私は東の方角を一点見つめながら、手に持ったメモ書きを握りしめた。
 緊張から、吐く息がさらに白く、くっきりと浮かび上がる。観測の役割を任されてからもう結構立つけど、未だにこの時間は落ち着けない。

 気温は氷点下20度ほど。今日中に日が昇った回数は3回。そしてそのどれもが30秒を超えている。
 リュックをごそごそと漁り、中から酸素測定器を引っ張り出して起動する。

 やはりだ。

 いつもなら枯渇気味の酸素も、今日はこの第四階層まで十分な数値を示していた。気候は安全と言って差し支えないだろう。
 でも、周囲には人はおろか、動物一匹の気配すら感じない。そう、みんな分かっているんだ。現状がとても「危険」だということを。

 手袋を外し、ポケットのベルクロを開けて携帯を取り出す。容赦のない冷気が肌を突き刺し、体温を奪っていくにつれて血管が縮むのが分かった。

「局長、こちら観測定地点のライです。定刻になりました。今のところ異常はありません」
「おはよう、ライ。いつもご苦労様」

 電話の先の人物は観測局の局長。名前はツカヤ。歳は私よりも上。それ以外のことは私は知らない。というか、おそらく観測局の誰も知らない。
 性別も分からない。電話口の声は中性的な声で、とても綺麗。耳触りが良くて、ここでもう寝たくなってしまうほどに。
 こんな声だったら、お姉ちゃんでもお兄ちゃんでもいいな、と何度思ったことか。

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