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定点観測 ②

 私がこの場所を観測し始めてから結構経つ。日時報告をする仕事なのに、いつ始めたか詳しい日は覚えていなかった。不思議。
 そもそもこの場所を観測する理由は、よくここら辺で大規模な地殻変動が起こるからである。それもかなりの頻度で。
 つい最近起きたのは二週間前だった。一週間以内とかのもっと短いスパンで起きることもあるし、一か月以上起こらないこともある。
 今までに何度も、その地殻変動で人が死んだ。私の両親も、物心がつく前に雪崩に巻き込まれて死んだ。
 だからいつも、ここら辺は人が少ない。だからいつも、私は独りぼっち。

 でも、人はいる。もっと下の階層に行けば、地殻変動が起きることは少ないから、たくさんの人が住んでいる。
 両親が死んだあと、私も下の階層の人に拾われて育てられた。親代わりの人もいるし、数年会ってないけど友人もいる。
 だから私は、孤独を感じたことは無い。不思議と実の親がいないことについても、「そう言うものだ」と。私にとって、親がいないことは普通のことなのだ。

「ところでライ、もう再三になるが、君もたまには休暇をとったらどうだ?」

 電話の向こうのツカヤが問いかける。全く同じ質問をされたのは、もう両手の指に収まらないほどの回数を繰り返していた。
 ふと手を見てみると、暗闇の中でライトに照らされた真っ赤な指が「寒いよ、寒いよ」と言っているかのように震えている。まるで手が身体の一部を離れたように、感覚が消え去っていた。
 そこで思い出したように手袋をつける。

「ツカヤ、これも再三になりますが、私はこの生活が気に入ってるんです。この階層の隅っこでひっそり、ゆっくりと暮らすこの生活が」

 私は別に、どこかに出かけたいとも育ての親のいる階層まで戻りたいとも思わなかった。

「それに、私はツカヤの部下ではありません。だから、休暇という言葉選びは間違っています」
「ははは……それもそうだね」
「いつも言ってることですよ」

 私がそう言うと、ツカヤは少しばつが悪そうに笑った。これもいつものこと。
 ツカヤは観測局の局長だが、私は彼(彼女?)に雇われているわけではない。と、言うか私を雇うことを拒んだのはツカヤの方だった。

「私はそんなに手の広い人間じゃないからね。これ以上部下を持つことはしたくないんだ。でも、もし君がいいというなら……私を手伝ってくれないか?」

 脳裏に、大切に包まれた言葉をそっと開く。これは私とツカヤが知り合ってすぐにツカヤが言った言葉だった。大切にしまい込んであるけど、いつでも引き出せる場所に置いてある言葉。一人でここに暮らすための、お守りのような言葉だった。これで孤独は軽減される。

「私は今度の週末、故郷に帰ることにしたんだ。もしよければライもどうかな、と思ったんだけど」
「それは確かに行ってみたいですね。でも、せっかくですけどこの週末は見たい動画が溜まっているんでそれを消化します。なのでまた誘ってください」
「そうか。分かった、また今度誘わせてもらうよ」
「ごめんなさい」

 そう言うと、「ライが謝ることじゃないよ、タイミングが悪かったんだ」と言ってその後一言二言交わして電話を切った。
 真っ暗で星一つない空を見上げて、息を吐く。その白さがぼんやりと宙に浮かんだ。ふと、タバコの煙はどんな形をしているんだろうかと、思った。

 正直、まだ会ったことのないツカヤには会ってみたいと思うし、会える機会も何度かあった。でもそこで会ってしまったら私たちの関係はどうなるだろう。少なくとも、現状を保つことはできなくなるだろう。
 それを思うと、毎回怖くなってしまうのだ。私が今の生活を嫌いになってしまうかもしれない。そう思うと、どうしてもツカヤに合うことができなかった。

「……帰ろう」

 私がやるべきことは、この場所の観測をすること。定時報告をすること。そして、今の生活を好きでいること。
 ツカヤには会いたい。でもそれをするのは、この生活が無くなってからでも遅くないだろう。

 ……遅くないよな?

 とにかく、今は暖房のきいた部屋でココアを呑んで動画を見たい。
 その気分を優先しよう。


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