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短編小説:「理想の写真」

あらすじ

 小説書きの主人公は、公園を散歩しているとカメラ構えた男性に出会う。
男性は「理想の写真を求めている」と言い、いくつか写真を見せてもらうとどれも綺麗なものだった。
 しかし男性は「私が求めている写真ではない」と気落ちして去っていき、その後ろ姿に主人公は自分と重ねて思いを馳せる。

 以前、2週間程投稿していた「書く習慣」というアプリで
 2024/4/29 お題「刹那」に投稿した作品です。

 リハビリとして小説や詩を毎日お題に沿って書いていたものを厳選し、
 軽く推敲して転載しています。


 春の暖かい気候が到来した頃。日差しも夏ほど厳しくなく、風が柔らかく体を包み込む時期のことだった。

 その日も習慣の散歩をしながら趣味のお題小説について考えていると、公園の水辺でカメラを構えている男性を見かけた。三脚に鈍器のようなカメラとバズーカを思い浮かべるレンズを駆使して、水辺に向かって構えている。

 一周目は、よくいるようなカメラや写真が趣味の人としか思わなかった。しかし、私が公園を三周も四周もしている間、ずっと同じ場所で同じ格好をしている姿を見て随分と熱心な人だと思った。私ならとっくに腰を痛めてストレッチをしていることだろう。

 とはいえカメラについては詳しいわけではなく、他人のやることに口出しするつもりもないので、再度横を通り過ぎようとしたとき。

 バズーカのようなレンズが私の視界を遮った。
 男性がカメラを構えたままの姿勢で移動しようとしたらしい。とっさに足を踏みしめて立ち止まる。

 男性は見えずとも、僅かに漏れた私の声と砂利の音で違和感を感じたらしい。カメラから顔を上げて私を視認すると、申し訳無さそうに頭を下げた。

「すみません、ぶつかりましたか」

「いえ……野鳥か何かをお探しで?」

 ここで非難の声を上げてもよかったのだが、平和主義と好奇心のほうが勝ってしまった。思いがけず聞かれた私の問いに、男性はどもりながらも口を開く。

「野鳥……そうですね、そういうときもあります」

「それでは花や風景を? 春めいてきましたから、桜も綺麗に咲きましたよね」

「ええ、まぁ……」

 イマイチな反応に、聞いてはまずいことだったかと後悔する。しかし男性は偶然話しかけられた私に言うかどうか悩んだのか、口ごもりつつ語り始めた。

「私は、私が良いと思った『その時』を収めたいのです」

「その時?」

「言い換えれば、『刹那的な光景』とも言えますね」

 刹那、というと写真で収められるようなものではないのでは、と思った。瞬きしたら消えているような対象を相手にしているイメージを持つ。
だが私の考えを汲み取るように、その男性はこう続けた。

「よく『刹那』というと、コンマ数秒のことのように感じますが、本来の意味は『今、この時』と言い換えられるように、人によって時間の長さは変わるそうです」

「へぇ……」

 本来の意味は初耳だった。それならば写真に収められる。むしろ、写真はそのために撮るものだ。男性は手元のカメラを撫でながら視線を落とした。

「ですがカメラを手にして数年が経つものの、一向に『その時』が捉えられていません」

「……どういうことですか?」

 写真を撮る、それはつまり目の前の風景をコピーし手元に残す行為だと単純に考えていたが、男性にとっては違うらしい。

「例えば、風に煽られて大量の花弁か散る桜、新幹線の窓から見えた輝く海、何気ない日常の中で感じた温かい風景……。それらを写真に収めたくても、撮った後に見た写真は当時の景色とは異なっているのです」

 実際に彼が過去に撮ったという写真をいくつか見せてもらったが、どれも綺麗な写真だった。特に人物を相手にした写真は生き生きとしていて、笑顔を零す口からは笑い声が聞こえてくるようだ。

 素人目であることを差し引いても、趣味のレベルを超えているように感じる。素直にそう感想を述べると、男性はお礼を言いつつ首を振った。

「ありがとうございます。ですが、やはり私の求める写真ではありません」

 自分のカメラの腕が悪ければ、理想の写真が撮れない理由になったのかもしれない。しかし、そうではないと自分でもわかっていたのだろう。改めて聞いた私の感想が応えたのか、気落ちした様子で男性はその場を去っていった。

 確かに写真は、当時の自分が感じたままに写すのは難しい。色合いだったり、視界と写真の画角や幅も違う。

 それは素人の私でもそうなのだから、彼程の腕を持ってしても難しいとなるとかなり過酷な道のりだろう。

 しかし、男性が語った理想には全て、当時感じたであろう自身の感情が含まれていた。

 その時に感じた感情ごと写真に残す。果たして、そんな事ができるのだろうか。アルバムで残しても、人の記憶や感情はその時によって変わってしまう。

 道は違えど情景を表現しようとする者として、男性のことを他人事とは思えず、肩を落とした背中が見えなくなるまで見つめていた。

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