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『ファニー・ページ』─アマチュア創作者たちに捧げるA24の怪作青春映画

青春映画・ジュブナイル映画と聞いて、我々が思い浮かべるものといえばなんだろうか?"いつもの日常"とは一味違った新たな環境、出会い、友情、刹那の恋、そして(主人公に"気づき"を得させ、いい感じの成長を促す)死…。『ファニー・ページ』は(恋を除けば)それらの王道要素が一通り揃ったジュブナイル映画だが、その内実はこれまでの売れ線ジュブナイル映画が提示してきた"現実の残酷さ"がいかにエモく食べやすい形にブラッシュアップされていたかを容赦なく我々に突きつけるド変化球青春映画だ。映画の成功の可否を制作基準に入れていないという驚くべきスタンスを持つA24でこそ、世に放つことのできた作品ともいえるだろう。

アングラ系カートゥーン作家を夢見るちょっぴり捻くれ者のロバートは、その道のプロである"先生"のもとへと足繁く通う高校三年生。映画の冒頭も二人きりの個人指導の場面から始まるのだが、開始数分でギアを上げまくるのがこの映画だ。高学年らしく進路に迷うロバートに、美大へ行くならデッサン力も向上させにゃ!と言い出した先生(高肥満体型・中年男性)は、驚くほどの積極性で身につけていたものを全て脱ぎ捨て、ミロのヴィーナスのごとく惜しげもなくその裸身をロバートの前に晒し出す。普段は全裸の老若男女やらエゲツない下ネタやらを先生とシェアして笑い合っているロバートもこれにはタジタジで、消しゴムをバッグの中から探すフリをして時間を稼ごうとする始末。
結局ロバートは時間も遅いことを理由に道具をまとめてその場をあとにするのだが、街灯の下で一人トボトボと家路につくその表情や、彼を家まで車で送ろうとついてきた先生の誘いを頑なに断る彼の様子は、先ほどのやりとりによってロバートの中の"なにか"が傷つけられたことを仄めかしている。これはほんの始まりにすぎないが、直後前方から追突してきた車により先生が一瞬にして絶命した事実並に、あるいはそれ以上に重要なフェーズだ。

先生の葬儀後、その遺作を回収すべく先生宅へと不法侵入、逮捕、裁判…と怒涛のテンポで道を踏み外すロバート。しかしこの裁判をきっかけにできたコネにより、堅実な人生計画を訴える親元を離れ、おっさんまみれの謎シェアハウス(湿度100%)生活を支えるだけの資金を稼ぐことにも成功する。しかし、それはロバートを彼の夢見る世界へと近づけたようで、実際は真逆だったことが映画を見終えて初めて分かる。
最初は(両親と違ってとやかく口出ししてこない)趣味の合う年上の男たちとの同居生活、及び昼夜問わず創作へと打ち込める自由を手に入れた!と思っていたロバート。しかし日が経つにつれ、ボイラー室よろしく立ち込める熱気と湿気、プライベートもクソもない共同部屋、汗だくでそこらを徘徊する高露出度の中年男性たちが、じわじわと弱冠18歳の彼の神経を蝕んでいく。そして、大家と同居人の二人が自身の作品をオカズに自慰に及んでいたところを目撃したロバートはついに限界を迎え、堪らずアパートを飛び出して弾丸のように実家へと帰っていく。この場面も冒頭の先生とのやりとり同様、ロバートの夢に現実という名の冷水を被せるものだ。言い換えれば、ロバートにとっての"外傷"ともいえる。

そしてもちろん、その"外傷"を決定づけ、2度と立ち上がるなとばかりにトドメを刺すのがウォーレスだ。薬局で癇癪を起こして大暴れしたことによりロバートの勤める裁判所のお世話となっている彼は、かつてヒーロー系コミックのカラリストだったことをロバートに知られるやいなや、師匠になってくれとの猛アタックを受ける。突然の自分語りで恐縮ながら、絵を描いて小銭を稼ぐ身から言わせてもらうとこの時点でやめとけバカヤローと言いたくなる。なぜなら目標となる路線がストーリーから絵まで自ら手がけるアングラコミック作家であるロバートと、主な仕事がヒーローコミック、しかもカラリストという創造性が作家ほど発揮できない職業"だった"ウォーレスのウマが合うはずのないことはハナから分かりきっているからだ。しかも、タイミングは違えど互いに相手の好むジャンルに興味がないとはっきり口にすらしている。ウォーレスが明らかに強迫性障害、パーソナリティ障害、etc…を抱えている以前の問題なのだが、商業コミック制作に携わっていた人間を初めて目の前にしたであろうロバートはウォーレスの手がけたコミックを売っぱらった理由も忘れ、恍惚として彼に指導を懇願する。
とうとう根負けした(金に目も眩んだ)ウォーレスはクリスマスにロバート宅を訪問するのだが、それ以降は堰を切ったように笑えるようで笑えない悲劇が繰り出される。運の悪いことにロバート母が室内での土足NG派だったため、両親による質問責めの後バスルームに閉じこもって無限足洗浄に突入するウォーレス。慣れない環境に息苦しさを覚えて窓を破壊してしまうウォーレス。そこそこのクソガキである主人公に加え、その友人であるクソガキその2に煽られまくりとうとう流血沙汰を引き起こしてしまうウォーレス…。
我に返ったウォーレスは、自らのやらかしに真っ青になるやいなや全てを放り投げて逃げ出す。そしてその後を必死に追うロバート(なんでだよ)。追いついた彼の腕を振り払ったウォーレスは、満身の力でロバートを肉体的にも精神的にもボコボコに痛めつけ、叫ぶ。「俺の人生に干渉してくるな」「過去の失敗の話ばかりしやがって」と。息を切らしたウォーレスは、無力に横たわるロバートを置いてその場を去るのだった。

自分に本格的なコミック制作の術を身につけさせてくれ、さらにはコミック業界へのコネを取り継いでくれるかもしれなかったウォーレスは、まさにロバートのカートゥーン作家の夢を象徴するような存在だ。その彼によって、現実を見ろとばかりに全てを滅茶苦茶に壊されたロバート。ここで彼の夢は3度に渡り、しかも皮肉なことに、彼の描くようなアングラコミックの主な読者層となるであろう中年の男たちによって、完膚なきまでに叩き潰される。営業時間の過ぎたコミックショップのカウンターで虚ろに座り込む彼の目に浮かぶのは再起への光か、それとも…。


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