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自分の心のしずかな革命(未完成)018

《第17場》
わたしはどう生きるか

アタリナチュラによって自然に暮らす生きものたちの声が届きシン行きを踏みとどまったヒトたちがいたが、4月1日までにほとんどのヒトがシンに移住していった。
そして数ヶ月が過ぎたあたりからシンの世界では不思議なことがあちこちで発生していた。
シンで暮らしはじめたころはみんな時間を忘れ好きなことに夢中になっていたのだが、少しずつ活力が薄れていき、何もしない時間が増えていった。

「好きなことが無くなったわけではない」
「いつだって好きなことができるのだからいつだってやらなくてもいい」
「無限の時間を手に入れるとはこういうことだったのか」
「わたしは自由だが自由というものに意味を感じなくなった」
「シンは自然を忠実に模倣していたが自然とはまったくちがっていた」
「自分も自然の一部だったことを思い知らされた」

わたしはどう生きていくか。

自然はやさしくそしてこわい。
好きにできないから好きにできていた。
自由になれないから自由でいられた。

地球上のすべての生きものたちが声を上げ教えてくれていたのだった。

自然が与えてくれる不自由さが自由の源になっている。
自然が与えてくれている恵みは十分に足りている。
ヒトを含めたすべての生きものが生きていくために十分に足りている。
森の住民の住処を奪ってまで生きることはない。
海の住民の住処を汚してまで生きることはない。
自然の制約から抜け出そうとすると自然はやさしさを隠しこわさを表に出す。
自然をおさえこもうとすると自然のこわさは未来の子どもにはもっとはげしくなる。
そんな未来の子どもが得られるはずの恵みまで奪っていてもまだ足りないというのか。

幸せはヒトそれぞれだけど幸せを感じるために欠かすことのできないことがらをせめて思い知って生きていこう。

つづく。

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