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【短編】もう1度…

いつものようにバスを待っていた。
今日は少し時間がかかっているようだ。
特に気にはならない…
いつかくるだろう。。。

・・あぁ…今日は疲れたなぁ。。。

空を見上げるとまん丸の月…

満月かな。

暫くしてバスが来た。
ライトが暖かく感じた。
疲れているからだろう。
それにしても見ないバスだな。
乗客は自分1人。
不思議な感じは今でも覚えている。

乗り込んですぐに眠ってしまった。

「お客さん、お客さん。。着きましたよ~」
「あ、ありがとうございます。」

運転士さんの声で起きたが顔をあげても
誰もいない。
不思議に思ったが辺りの景色はいつものまま。特段変わった事などない。
バスを降りて家に向かった。

あれ?電気つけっぱなしかぁ。参ったな。。
またやってしまったと呟き
家の中に入ると…プ~ンといい香り。
大好物のカレーだ!
しかも懐かしい匂い。。

いなくなった妻を思い出した。
ある日突然いなくなった彼女。

誰もいないはずの家に…と思いながら
匂いに誘われてキッチンへ向かうと。。。

「あ、おかえり~」
妻だ!
「ただいま~。えっどうしたの?」
「ん?何が?今夜はカレーだよ」

この普通の会話。自分でも驚いた。が…
問い詰める事はできなかった。
不思議な感覚はずっとあったが、カレーの味と彼女の変わらない元気な姿が目の前にある。
現実と思うしかない。

他愛のない話をして夜は更けていった。
久しぶりに楽しい夜。。。

翌朝…
昨晩の事は夢だったのでは。と
目を開けるのが怖い。

しかし・・・
味噌汁の良い匂いが鼻をくすぐる。
嬉しくてたまらない。

「おはよ~!」
・・・・・・・・・返事がない。

見渡しても彼女の姿は何処にもなかった。

ただ。。1人分の朝食が
ダイニングに用意されていた。
まだ温かい。
まるで起きる時間が分かっていたかのよう…

ふと気づくと彼女の髪留めが落ちていた。
きっとまだ近くにいる。
私は、握りしめて家の周りを探した。

が…

何処にもいない。

彼女はどこへいってしまったのだ。。。

足取りはつかめないまま月日が流れ・・
私はまた1人になった。

繰り返す日常。バスは定刻通り。
いつもと同じバス。
あの時のバスは来ない。
あれは何だったのか。
彼女は今どこにいるのか。
ずっと頭から離れない。

そんなある日、電話が来た。
少し離れた病院から…
私は急いで病院に向かった。

そして・・・・

動かない彼女を目の当たりにした私は
泣き崩れた。
彼女は優しいほほえみを浮かべているよう…
とても安らかな表情で眠っていた。

看護師さんから
「奥様がいつもしていた髪留めが
 見つからないんです。
 奥様の想いがたくさん詰まった
 髪留めなので
 お渡ししたかったのですが・・・」
と言われ
私あの日の髪留めを看護師さんに見せた。

「あ、これです。あれ?旦那さんのお手元に?   
 いつの間に。。。
 ここしばらくずっと
 起き上がれなかったのに・・不思議ですね」

私はとっさに思った。
彼女は私に会いに来てくれたのだ。と。
あの満月の夜…あの不思議なバスに乗って。
私の大好物のカレーを作り
私の話を聴きに来てくれたのだ。
そして…
いつも身に付けていた髪留めを
渡しに来たのだ。

全部…私のために…

彼女は常に
「夫は、病気の事は知っているけど
 仕事が忙しくて来れないの。」
と、話していたそうだ。

。。。。。。。。。。。。。。。。

カレーの味、君の声、温もりは
あの夜
確かにここにあった。

1人で逝ってしまった君に
また会えるだろうか。

いつか満月の夜に。。。。
もう1度だけ。