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De-sign語り-10

デザインしてください。と言われたら誰でもデザインしようとするよね?

でも「デザインする」ってどういうことだろう?

例えば円筒形のガラスに底をつけたらコップになる。

これってデザインしたことになるんだろうか?

円筒形の筒の前と後にレンズをつけたら望遠鏡になったり、円筒形の鉄の塊に木の軸をつけたらカナヅチになる。

デザインって形を作ることだろうか?それとも「機能」を付けることだろうか?

四角い箱をもう一つの四角い箱に入れたら引き出しになって、さらに大きな箱に入れたらタンスになる。機能を付加することで別の用途が生まれる。

その「用途」のことを方向性と呼び替えたなら、モノの形に方向性を加えることをデザインって呼ぶのかな?

ただの箱だったものにいろんな機能をどんどん加えて行ったらテレビになった。でもそれに飽きたらずにテレビに録画機能やステレオスピーカーを付けてコンピューターやインターネット機能をつけたら、どんどん大きくなって逆に使いにくくなってしまった。

そこで今度はそれぞれの機能を持ったパーツを小型化して内蔵して行ったら、今度はテレビやコンピューターだったものはどんどん単純化されて、見た目はただの箱に戻っちゃった。

あれ?モノの形の方向性をつけることが「デザイン」じゃなかったっけ?

ブランドが商品の方向性や個性を決めることだとしたら、それらを全て省いてゆくとブランドはどうなるんだろう?

それを実践したブランドがあったよね。「ノーブランド」をブランド化したのが良品生活が出している「無印良品ブランド」。

でもあれは確かにブランドだよね?余分なものを削ぎ落としていけば形はどんどんシンプルになる。そのシンプルさに人の意志が加わって「特徴」になれば、それは他の商品との差別化になり個性にもなるってことを体現してるよね。

これまでは技術が追いつかなくてシンプルなのに高機能なものは生み出せなかったけれど、技術が進化するとモノの形はどんどんシンプルになって余分なものは削ぎ落とされる。

鍵は複雑な金属の塊で指で持ちやすいような形状だったけれど、今はただの四角い薄い板状のカードになった。そのうち照明をつけたり消したりするためのスイッチは家から無くなる。小さなボタンがいっぱい付いていた携帯電話はただの板状のスマートフォンに代わり、モニターの後ろが突き出していたパソコンはただの板のような形状に変わる。

「デザイン」は今でも必要だけれど、そのうち「機能」を生み出すデザインはどんどん消滅して、機能そのものをデザインと呼ぶようになるんだろうな。

あるいはデザインそのものに機能は無くなって、「デザイン」という別の商品になるのかもしれない。

人はデザインから受ける印象の記憶を失って、デザインそのものからは「機能」を想像出来なくなるかもしれない。

多くのデザインが持っていた機能を忘れてしまった頃に、大きな電磁波とか何らかの理由で今持っているデジタルの機能が失われてしまったり、デジタルのシンプルさに人が飽きてしまったら、アナログの持つ機能が見直されるかもしれない。

スマートイズビューティフルとかシンプルイズベストとかも、人はただどこまでシンプルにデザインが出来るかという遊びをしているだけかもしれないね。

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