見出し画像

花は咲く Flowers bloom in your garden.Ⅳ

人前で喋るのがとても苦手だった。
耳まで真っ赤になってうつむいて話をすると
「何を言ってるのか聞こえない」といわれた。
ちょっとでも話すのが上手くなりたくてMCの教室に通いだした。

●目を瞑ると突然物語が動き始める

やっぱり緊張すると声が出なくなる。
何度も先輩に注意されるけど、それでも萎縮した声はなかなか出てこない。
「才能はあるけど、このままじゃプロにはなれないよ」
先輩は困った顔をしながらいつもアドバイスしてくれる。
でもそれに応えられない自分のことが歯痒くてたまらなかった。
人前でただ話すだけならなんとか出来るようになっていた。
私にしてみたらすごい進歩なんだけど
あがり症は治らない。
本番になると声がうわずってかすれてしまう。

生まれた時から下町に住んでいた。
この町では初めて会う人にでも気楽に声を掛け合う。
まだ小さい子供の頃は自然に挨拶したり話しかけたり出来ていたような気がする。
でも小学校に入ると友達がいじめられているのをみて助けに入ったのをきっかけに
私自身もいじめられるようになった。
その時から声が出なくなった。

MCをこのまま続けられるのかなんてわからない。
演壇に立つと自分のことを見ている観客の視線にすくんでしまう。
もう無理なのかな?諦めかけていた。

しばらく仕事をせずに近くの公園で時間を潰すようになった。
夏目漱石や川端康成、浅田彰、吉本ばなな、小説を読みながら公園のベンチで長い間過ごした。
朝早くに散歩に出て本を読むのが日課になった。

ある日、ふと声をかけられた。
「本を読むのがお上手ですね」
??
知らぬ間に私は本を読みながら声を出していた。
自分自身には声を出している自覚がなかった。
いつの間にか知らず知らずのうちに声を出して読んでいた。

久しぶりに事務所に顔を出して、先輩に声をかけた。
公園での出来事を話した。
「じゃあ、一度本を読んでみてくれる?」
先輩に映像用の本を渡されて読もうとした。
・・・声が出ない。
読めていたのはただの偶然?
「その本貸してあげるから、明日までに10回繰り返して読んできてくれる?」
先輩はなんだか確信めいた目をして私に本を預けた。

翌日、事務所で先輩に会った。
「じゃあ、初めてみようか?」
私は本を開いて読もうとした。
「だめだよ。本を開いちゃ。もう覚えてるでしょ?まずは目を瞑って」

私は言われた通りに目を瞑った。
「文章を思い出すんじゃなくて、その本に書いてあった光景を思い出して」

物語は山の中からはじまる。
うっそうと茂った木々をかき分けて小さな集落にたどり着く。
主人公は疲れ切って村人に助けを求める。
ある家の戸を叩くと美しい少女が顔を出す。
後には病気で床に伏せった母親。
「どなたですか?」
尋ねられた私は自分の記憶がなくなっていることに気がつく・・・。

何度も読んだ文章は頭に入っていて、その文章をなぞりながら物語の風景を思い浮かべた。
気がついた時、私は大きな声で本を読んでいることに気がついた。
「わ、私・・」
「そうだよ、分かった?」
分かった気がする。私は「読んでいただけ」で「語っていた」わけじゃなかった。
私たちは「語り部」なんだ。
司会をしている時も、何かを紹介するときも、
「読む」のではなく「語る」ことで相手に伝わるんだ。
「読もう」とすれば自分の技術や欠点が気になってしまう。だから読めなくなっていた。
でも語るのなら相手に伝えることが出来る。作られた私じゃなく、その主人公になりきって戸惑いや恐怖や喜びを語れば良い。

「あんたにだって物語はあるんだろ。それを投影して語れば良い」
先輩がニヤッと笑った。

ふう、と小さな息を吐いてもう一度目を瞑った。
あれは何だろう?
膝を抱えて泣いている女の子。
そう、あれは私だ。
何かを言おうとしているのに声にならない。
「良いんだよ。そのままであなたはあなたなのだから」
声に出して言った時、私の胸の中にポウっと小さな蕾が開いた気がした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?