ブラックソード・ストーリー

第一之章 孵化

酷い雨だった。

強い風に煽られて人抱えもある太い幹の木がみしみしと音を立てて軋んでいた。

風裏にある西側の斜面のアギラスの木の根元に大人が五人ほどすっぽりと収まるほどの穴が空いていた。

冬の間はゲブラが冬眠していたと思われる獣毛があちこちに張り付いていた。今も使われているとしたらゾッとしなかったが、この土砂降りの中を尾根伝いに山を下ることを考えればこの穴に避難するのが最良の方法に思えた。

ヨギトとフェルバンの二人は今年最後のエギルの実が入った背中の籠を下ろすと、湿気った枯れ枝を集めて器用に火をつけた。燻った枝はしばらく白く鼻をつく煙を放っていたが、その中心に小さな光が見えるとそこからぱちぱちと炎を上げはじまた。

フェルバンは浅黒い手で籠の中からエギルの実を四つ五つその炎の中に投げ入れた。炎を囲んで二人は並んで腰を下ろした。

「しかしひでえ雨だな。誰も入らないような谷の奥まで行ったのは良いがすっかり遅くなっちまった」

焚き火の中の実を転がしながらフェルバンが言った。赤黒い髭が炎に照らされてさらに赤く染まっていた。

「あんな谷奥にエギルの森があるとはな。おかげで籠は4つともパンパンだけどもよ、こりゃあ、今日はここで野宿かよ」

ヨギトは曲がった背中を伸ばして、少し大きめの枝で炎の中の実を一つ手前に転がした。実がぱっくりと割れて中から黄金色の果肉が覗いていた。少し冷めてから木の枝で実の裂け目を開いて果肉にむしゃぶりついた。

「うめえな、あんな奥まで行った甲斐があった。市に持って行けば高く売れるぜ」

フェルバンも真似をして焚き火の中の実を取り出すと食べ始めた。

「それよりよ、あの谷の崖にちょっと変わったものを見つけたんだ」

ヨギトは穴の奥に置いてあった自分の袋から長い棒のようなものを取り出してフェルバンに見せた。

「なんだそりゃぁ?ただの木の棒に見えるが…」

ヨギトからその棒を渡されて持ってみると、ずっしりとした重さが伝わってきた。

「重いな」

「そうだろ、それは木なんかじゃない」

棒の外側はキリズ虫の殻がこびりついてただの細長い岩の塊のように見えた。

「ちょっと貸してくれ」

ヨギトはフェルバンからその棒のような塊を奪うと、耳の横で左右に振った。

カタカタ…。その岩の塊の中から小さな音が聞こえた。もう一度降ると、カタカタカタカタ。やはり何かが岩の中で響いた。

「おい、何だかこの岩の棒の中に何か入ってるんじゃないのか?」

フェルバンはその棒を右手に持って同じように振った。

カタ、カタ、カタタ…。確かにその音はその棒のような塊の中から聞こえてきた。

「確かに、こりゃぁ何かが中に入ってるような音だ」

フェルバンはその棒を大きな岩の塊の上に乗せると、もう一方の手で傍にあった石を掴んで、棒に打ちつけ始めた。

カツーン、カツーン。音が穴の中に鳴り響いた。

「おい、どうするんだよ?」

ヨギトが聞いた。

「決まってるだろ、この棒を割っちまえば中に何が入っているのか分かるじゃねえか」

「そりゃそうだな、俺も手伝うぜ」

ヨギトがさらに大きな石を持ち上げて、その棒目掛けて打ち下ろした。

ごりっ、みしっ。鈍い音がして棒の中央にひびが入った。

その日々の隙間から白いものが覗いていた。

ヨギトはひび割れを開こうと棒の片方を掴んで引っ張ったが、パキッという小さな音がしただけだった。

「おい、そっちの端を持って引っ張ってくれ」

フェルバンがもう片方の橋を両手で掴むと思い切り引っ張った。どすんと尻餅をついたフェルバンの手に二つに割れた棒の片方が握りしめられていた。

「なんだ?こりゃぁ?」

ヨギトが手元に残った棒のもう片方を見ながら言った。

その岩の鞘の中に入っていたものは白くて尖った金属のように見えた。

長い間土の中に埋もれていたようには見えない。艶やかで滑らかな表面はまるで昨日磨き上げられたようにテラテラと光を放っていた。ヨギトはその尖った金属のような棒を鞘のようになった岩の中から引き抜いた。

尖ったのとは反対側の先は木の根が絡まったようにねじれてその先端はわずかに五つに割れていた。

「俺にも見せろ」フェルバンがヨギトの手からその金属の棒を奪うと、目の前の焚き火の火にかざして見た。

火にかざしてみると金属に見えたその棒は少し透き通って見える。さらによく見ようと火に近づけた時に「うわっ!」と声をあげてフェルバンが棒を地面に落とした。

「どうしたい?」ヨギトが言うと。

「その中で何か動いた!」

「なんだって?」

フェルバンはその尖った棒を拾い上げて同じように火にかざして棒を眺めた。

その白い金属の中身が透けて細いミミズのような生き物がくねっているのが見えた。

「なんじゃこりゃ?きみ悪い!」

フェルバンは思わずその金属を焚き火の中に捨てた。

「キュル、キュ、キュル…」

それは焚き火の中の金属の棒の中から聞こえてきた。

ヨギトが焚き火に近づいて覗き込もうとした。

「おい、やめとけよ!」

「ピキ!」

一際高い音がその金属から聞こえ、金属の先が鞘が弾けるように開いた。その瞬間鞘の中の生き物は尖った針のようにヨギトに目掛けて飛び出してきた。

「ぐわっ!」

その生き物は先端をヨギトの胸に突き刺した。

「なんだよぅ!おおい、この変なの取ってくれよぅ!」

フェルバンがその生物を掴んで引き抜こうとしたが表面は粘液で濡れていて掴むことが出来なかった。

その生物はみるみるうちにヨギトの胸の肉をえぐりながら体の中に姿を消した。

「ぐげっ!げ、げ!」

奇妙な声を出してヨギトは白目を剥きながら倒れてしまった。

「お、おい!?大丈夫か?」

フェルバンがヨギトを抱き上げて頬を叩いた。

「い、息をしてやがらねぇ!」

フェルバンがそう言った時だった。

ドォン、バリバリ!穴の外から土砂が流れ込んだ。

巨大な土石流が山全体を襲っていた。 

フェルバンの叫び声は轟音にかき消された。

やがて雨は止み、不気味な静けさが夜の山に訪れた。

そこで何が起こったのか知る者は誰もいなかった。

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