人が亡くならないと変わらない社会
ひろゆきさんのTwitterから、こんな記事を見つけました。
【概要】
お父さんがコロナ陽性となり入院した後に、お母さんもコロナ陽性が判明しました。お母さんも入院しようと思いましたが、生後6ヶ月の赤ちゃんがおり、"赤ちゃんを連れた入院はできない"と回答されたために、たった一人で自宅療養しつつ育児をする話です。
40度を超える症状にうなされながら、赤ちゃんの世話をされています。
先日私も、ワクチンの副反応により39度を超える熱にうなされました。とても育児ができる状態では無かったです。この記事の方の味わった地獄のような時間は、私には想像できません。よく耐え抜いたと思います。
コロナ陽性の妊婦の方が自宅出産を余儀なくされ、生まれてきた赤ちゃんが亡くなった話もつい最近の話ですね。
どちらの話も行政の対応が"単なるコロナ感染者"として取り扱っていることに違和感がありますが、これは官僚主義の強い日本ではイレギュラーなケースにとても弱いと言うことなのだと思っています。
悲しいことに、赤ちゃんという存在は社会的弱者です。赤ちゃんを抱えた親も同じく社会的弱者であり、問題が起こればイレギュラーとして取り扱われます。コロナ下においては、適切な福祉が受けられない運命なのです。
社会的弱者に関する問題は、人が亡くなって初めて社会に認知され、対策が検討され始めます。
出産した赤ちゃんが亡くなった問題では、行政に動きがありました。しかし、今回の記事では母子ともに生き抜いていますので、おそらく赤ちゃんがいると入院できない問題は改善されないでしょう。
きっと、誰かが犠牲になるまで社会は変わりません。次は我が身なのかもしれません。
ただ、この記事を読んで私は、子供を守れるのは親だけだと、そんな覚悟はひとまず準備ができました。たとえ社会は変わらなくても、自分は何か変わらないといけない、そんな気がしています。
そういう気持ちが、自分の未来に少しでも良い影響を与えてくれることを願って、考え行動するようにしています。
コロナは本当に自己啓発性の高いウイルスだなぁと、つくづく思いました。
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