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THIS-US-ディス・イズ・アスに想う

amazonプライムでシーズン1~5まで観た。


2人の登場人物に共感

私は、ケイトとベスにいちいち共感した。母親との関係・夫婦や子どもとの生活では常にケイトとベスを応援した。

ケイトとベス、2人とも幼少期に自分を否定され続け、苦しんできた。今もまだ母親の価値観が襲ってくると、頑張って戦おうとする。しかし、どこかで母親を追いかけようともしたりする。娘と母という関係において、このような現象がゼロという母娘って存在するのだろうか。濃度はあれど、思い当たる点はあると思う。

ケイトとベスが、パートナーとの関係において「犠牲」と向き合いながら、日々をなんとか前に推し進める時間は、激しい共感と涙で苦しかった。結婚生活の「犠牲」という波はいつも妻を襲う。夫より、妻が育児家事をする方がいい理由って何だろう。母親の方が、子どもが安心する?女性の方が家事育児が得意?そう見える状況まで妻は時間を使い続け、逃げずに技術を磨く努力をしてきたことは、いつも誰の目にも見えない。

夫チームの補欠感と、必要とされるのは「役割でしかない」と感じる言動は、あと100年経っても変わらないのかな。

「愛している」の感覚

家族が「あなたを愛している」という前提で、相手と向き合っていくコミュニケーションはすごい。自分がどうしても受け入れられない感情や、相手の考えを否定するときに「愛している」「それはわかってる」というやりとりが本物であることの不思議というか。

搾取じゃない「愛している」って存在するのか、という驚きがあった。

相手を強く否定したいと感じた時に、折り合いがつかなくても良いから価値観をぶつけ合うことが「共に歩く」という価値観を知った。このコミュニケーションが、深い家族の絆を作るポイントなのかもしれない。

経験価値を社会に還元すること

養子縁組や、劣悪に近い環境に住む人々の生活改善、依存症の血族を更生に導く行動を起こし続けるテーマがある。

それを選択するきっかけも、向き合い続ける原動力も「経験価値を社会に還元する」という感じがした。キャリアや自己実現だけじゃ乗り切れない部分を乗り切る強い力は思想だと思った。

「人の役に立ちたい」という個人であることはすごく難しいことだと思うし、それは自分の中から湧き出てこないと意味がない。これを家族や経験がつくっていくのだろうか。

1番好きなシーン

ランダルが、夜の湖を泳ぎ、自らを解放するときに叫んだ瞬間。
リアルに憧れた。私もあの夜の湖で泳ぎ、出会い、叫びたいと思う。

喜びます、ありがとうございます。