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涙のスパイスチョコレート

先日、記憶にある限り人生で初めて、トリュフチョコ(ガナッシュを丸めてコーティングしたもの。以下トリュフ)をつくった。昔から、世のバレンタインデー狂想曲には乗り切れないところがあって、そういう状況はなるべく避けていたのと、料理とは違って、きっちり計量、小まめに温度管理、順序が大事、途中で修復難しい、というトラップ多めのお菓子づくりはそもそも向いていないと、できる限り近づかないようにしてきたからだ。

去年は、恋人がバレンタインデーに留守していたので、近いタイミングにテリーヌドショコラを焼いて、さりげなくやりすごした。今年は、2月に入ってから「もうすぐバレイタインデーだね!」とか「楽しみだなあ!」などと、かわいらしくアピールしてくるので、そろそろ年貢の納めどきかと覚悟を決めた。

恋人はとにかくチョコレートが好きで、家には常に板チョコが置いてあるのだけど、私が好きなのはトリュフ。そもそも、苦手なチョコレートづくりにあえて取り組むなら、自分が好きなチョコレートをつくろうと決めた。

とはいえ、おそらく買ったほうが確実に美味しいものを、あえてつくるなら(手づくりのものが与える心理的な美味しさは、とりあえず置いておいて)、珍しいものをつくろうと考えた。そこで思い出したのが、6年前にシチリアのモディカで食べた、唐辛子チョコレートだ。このモディカ・チョコレートというのは、古代アステカ時代の製法でつくられた、カカオと砂糖がジャリジャリする独特の食感なので、普通のとは単純に比較できないけれど、チョコレートと唐辛子がこんなにマッチするのかと衝撃を受けたのだ。食べ切るのが本当に惜しくて、ちょっとずつ大事に食べたことを覚えている。

そこで、トリュフをつくる最小限の材料を買ってきて、あとは家にあるスパイスをいれることにした。恋人は常にいろいろな種類があることが嬉しい人なので、何種類かつくりたい。

まずは当然、唐辛子。粗挽きの香り高いのが合いそうとは思いつつ、なかったのでカイエンペッパー。そして、最近使う機会がなかった、ジュニパーベリー。これは、ふたりにとって思い出深いスパイスでもあるので、バレンタインデーにはちょうどいい。直感で閃いた、花椒。山椒のパウダーも合わせて、中国と日本の「椒」のミックスで。ならば胡椒もと、マダガスカルの野生の胡椒。最後は、スパイスではないけれど、旬の香りということで地元の柚子。

いい組み合わせ!と気持ちが盛り上がったのは一瞬、ここからが地獄だった。パティシエが教える絶対美味しくなる簡単レシピ、みたいな動画を参考にしたのだけど、パティシエと自分が同じ人間だとは到底思えない。

チョコレートに生クリームを溶かし、スパイスを入れて冷やす。カットして丸める。溶かしたチョコレートをかけて冷やす。もう一度、チョコレートをかけて冷やす。最後に、またチョコレートをかけてココアをまぶし、茶漉しで転がして角をとり、表面をなめらかにする。確かに材料は少ない。でも、とにかく手数が多い。こちらの都合とはいえ、6種類つくると決めたので、全て容器も変えて、器具や手もそのたびに洗う。多い手数が6倍になる。しかも、チョコレートの見た目は全部一緒。混ざらないように、トレーにポストイットを貼って、混ざらないように管理する。さらに、シリコンの手袋が切れていて、素手でやることに。手の温度のせいもあってか、1作業ごとに手のひらがチョコレートまみれになる。たぶん、チョコレートの半分くらいは排水に流したんじゃないかな。久しぶりに料理しながら半べそかいた。これは、段取りとマルチタスクが苦手な人間がつくるもんじゃない。二度とつくらない!

3時間あまりの奮闘のすえ、なんとか24個のトリュフが出来上がった。恋人は、それぞれの味の違いをじっくり楽しんでくれて、6種つくったかいがあったと嬉しかった。もちろん私も一緒に食べる。ふたり共通のお気に入りは花椒&山椒、あとは彼はジュニパーベリー、私は柚子。チョコレートとスパイスを組み合わせると、スパイスも普段とは違う表情をみせる。いろいろなスパイスを入れてつくるのは、手前味噌ながら、やっぱりいいアイデアだと思った。スパイスを組み合わせて入れることだってできる。

もしもソリッドチョコレートにしたら、もっとラクにつくれるはずだけど、やっぱりトリュフが好きだ。二度とつくらないと思ったけど、やっぱりまたつくろうかなという気持ちになってくる。私のチャレンジの動機はたいてい食い意地だ。来年は、なんとか半べそかかずにつくれる方法をひねりだそう。

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