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釜ヶ崎でイタリア家庭料理を

2016年に釜ヶ崎芸術大学(釜芸)代表の上田假奈代さんから「やわらかい食をテーマにした講座をやってみない?」と言われときに、最初に考えたのは、私が食を文化としてとらえるきっかけとなったイタリア家庭料理をテーマにすることだった。ただ、釜ヶ崎のおじさんたちにとって、馴染みのないイタリア家庭料理がふさわしいのか迷ったし、いろいろリサーチした結果、おかゆをテーマにすることにした。講座「おかゆのしあわせ」は今も続いていて、先日、10回目を迎えた。最初の頃に参加していたおじさんたちの多くは卒業して(天国へ召されて)しまったけれど。

しかし、昨日の夜、7年越しで、釜ヶ崎でイタリア家庭料理をつくることが実現した。釜芸には「まかないごはん」という仕組みがあって、スタッフやボランティア、釜ヶ崎で暮らす人、外から訪ねてきたお客さんなどが、みんなで食卓を囲む。ずっと、その食卓を支えてきたスタッフが昨年の夏に去って、現在は、スタッフやボランティアのメンバーが、かわるがわる台所に立って、まかないをつくっている。これまで食べる一方だったのだけれど、ふと、あ、私もつくってみようかなと思いついた。7年間の「おかゆのしあわせ」を通して、釜ヶ崎のおじさんたちが、意外に新しい食を楽しむこともわかったし、その間に、私も気負いなく料理ができるような心持ちになった(ただし、相変わらず手際は悪い)。日々のまかない担当も、料理が好きな人もそうでない人もいて、自分ができることを、できるやりかたでやっていて、月1くらいならできるかも、と思った。

とはいえ、あくまでまかないだから、食材には制約がある。普段は、農家さんから新鮮な野菜を届けてもらっているけれど、今はちょうど端境期。おつとめ品の野菜から見繕ったり、フードバンクからの食材(1種類が大量にくるケースが多い)を駆使して、みんな工夫してつくっている。事前の打ち合わせで、事務局長のテンギョーさんに「何か、使ってほしい食材ってある?」と聞くと「古米が大量にあるけど、食べられない人もいて、使えずに困っている」と言った。イタリアでは、リゾットにはむしろ古米が好まれる(もちろん適切に保管されていることが前提だけど)。アルデンテに仕上げるには、しっかり乾燥していることが大事だからだ。古米を熟成米とポジティブに捉えて、じゃあ、毎回リゾットにして、古米を使っていこう、と決めた。

ただ、実際に試作をしてみると、なかなかに厳しい。1回目、私の感想は、ちょっと風味は独特だけど、アルデンテな仕上がりが本場っぽくて良いのでは、という感想だったけれど、恋人は、古米の匂いが感じられてちょっと手が進まない、という。このままでは出せないと、対策を考える。匂いの原因は、糠の酸化だから、再精米すれば良さそうだけど、そもそも小米も混じっているし、粉々になりそうだ。ザルの上でこすり合わせるだけでも、効果があるという情報をみつけて、手精米をやってみることに。あとは、ワインで匂いを飛ばし、スープにはローリエを入れて香りをつける。さらに、材料費を上げないために最初は見送ったチーズを入れて、しっかり粗挽き胡椒を振ったら、古米の香りがほぼ消えた! 恋人が、これは食べられる、いや、むしろ食べたい、と食べ切ったので、これなら行けるかも、と思った。

そして、昨日のまかない担当の当日。うちで消費しきれなかった、のらぼう菜と小松菜、頂き物の松の実とレーズンを持参し、オリーブオイルと粉チーズだけ、業務スーパーで買わせてもらったほかは、冷蔵庫にあるものと、庭に生えているものを組み合わせてつくる。

のらぼう菜のリゾット、小松菜と椎茸、ちりめんじゃこのフリッタータ(イタリア式オムレツ)、庭で摘んだ三つ葉たっぷりと、松の実とレーズン、しめじを入れたパン粉の詰め物を豚肉で巻いたインボルティーニ。サラダは、間に合わなくて、スタッフに普段通りにつくってもらう。6合のリゾット、さすがに未知の領域で、1合なら20分で炊き上がるところが、40分かかり、大幅に遅れて「いただきます」になった。

途中の味見で、大丈夫だとは思っていたけど、やっぱり緊張する。古米はいや、と言っていた中学生が、「これなら全然食べられる!」と言ってくれて、心からほっとした。釜ヶ崎の常連さんはひとりだけだったけど「リゾットなんて初めて食べたよ」と、ものすごく喜んで、いつもはしないおかわりまでしてくれた。正直、頻繁に混ぜざるをえなくて、いつもより粒が崩れてしまったけど、みんな古米のことなど忘れてくれたので大成功!初めて食べるインボルティーニも、野菜たっぷりのフリッタータもみんな気にいって、これを永遠に食べ続けていたい、と言ってくれる人までいた。

ただ、一番面白かったのは、釜ヶ崎の労働者のために戦ってきた歴戦の活動家が「なんで米粒が残っておるんじゃ?」と指摘したこと。さすが活動家、目の付け所が違う。古米でおかゆを炊くとほとんど粒がなくなって重湯みたいになってしまうのだと。釜ヶ崎の炊き出しを見続けてきたからこそ浮かぶ問いだ。最初にオリーブオイルで炒めてコーティングして、少しずつスープを吸わせて炊いていくからだと思う、と言うと「なるほど」と、何度も深くうなづいた。いつの日か、釜ヶ崎の炊き出しがリゾットになる日が来るかもしれない!

釜ヶ崎イタリアまかない/4月の献立
・のらぼう菜のリゾット
・小松菜と椎茸、ちりめんじゃこのフリッタータ(イタリア式オムレツ)
・庭の三つ葉、松の実とレーズン、しめじの豚肉インボルティーニ
・いつものサラダ(ココルーム・スタッフ作)


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