見出し画像

自殺問題・自殺対策、2024年の現在地 | NPO法人ライフリンク 清水康之

2024年のいま、日本の自殺問題は依然として深刻な状況にあります。そうした中で、自殺対策はこれまで以上に「試される状況」にあると思っています。

いきなりですが、一つ質問をさせてください。2023年12月、その1ヶ月の間に何人の人が自殺で亡くなったか、ご存知でしょうか。少しだけ時間を使って、想像してみてください。

警察庁「令和5年の月別自殺者数について(12月末の暫定値)」よりライフリンク作成

ご覧のとおり、2023年12月の1ヶ月だけで、1548人(暫定値)もの人が自殺で亡くなっています。平均すれば1日に、実に50人近くの人が亡くなっている。こうした非常事態が、ずっと続いているのです。

そして、2023年の1年間で見れば、2万1818人(暫定値)という人の命が自殺によって失われています。

警察庁「令和5年の月別自殺者数について(12月末の暫定値)」よりライフリンク作成

コロナ禍以前の年間自殺者数は、減少傾向にありました。しかし、感染が拡大した2020年の自殺者数は11年ぶりに増加に転じ、その後の年間自殺者数は減少と増加を繰り返しています。今後、再び減少トレンドに戻すことができるのか、2万人を超えたまま高止まり、あるいは増加してしまうのか、2024年のいま、瀬戸際ともいえる状況です。

ただし、こうした傾向を見る上で留意しなければならないのは、私たちは自殺者数が「増えた」「減った」と表現しますが、本質的には「減ることがない」ということです。年間ベースで見ると確かに増減があるわけですが、実際は毎年新たに別の約2万人もが亡くなっている、つまり増え続けているんです。

そうした待ったなしの危機的な状況が、いまこの瞬間にも、全国のあちこちにあります。しかもその状況が、ずっと続いている。それが2024年の日本社会の現状です。

NPO法人ライフリンクは、2004年より自殺対策に取り組んできて、2024年には設立から20年の節目を迎えます。

このnoteでは、ライフリンクの代表である私・清水康之が、2023年を、またこの20年間の自殺対策のあり方や社会の変化を振り返りながら、これから先、めざしていく社会について考えたいと思います。



自殺報道のあり方が変化した2023年


まず、2023年を振り返ってみると、大きく報道されたことの一つに、7月の著名タレントの自殺がありました。

自殺報道の影響によって自殺者数が増えることは、「ウェルテル効果」と呼ばれます。その現象はこれまで国内外で頻繁に起きてきました。日本でも2020年や2022年に、自殺報道の影響と考えられる自殺者数の増加がありました。

ですが、2023年7月の自殺報道に関しては、その影響と見られる自殺者数の急増は確認されていません。報道のあり方が大きく変わったことも、その要因だと思います。

かつては、著名人が亡くなった際、自殺の手段や場所の詳細が取り上げられることもありました。しかし、現在は大手メディアを中心に、意識的にそうした報道を避けるようになっており、自殺がセンセーショナルに報じられることが目に見えて減ってきました。

他方、2023年7月の自殺報道直後に、私たちが運営するSNSと電話の相談窓口へのアクセス数は急増しました。

これには2つの理由があると見ています。一つは自殺報道に触れて心を揺さぶられた人が実際に増えたこと、もう一つはメディアが自殺について報じる際に相談窓口の情報を伝えるようになったことで、それを見て相談窓口につながってくれる人が増えたことです。

相談窓口にたどり着く人が増えたことで自殺で亡くなる人の増加を抑制したという分析はできていないので、それらの捉え方は慎重でなければなりません。ただ私たちとしては、多くの人が不安にかられた時に相談窓口を利用してもらえるよう、通常時よりも相談員を増やして相談枠を拡大するなど、相談対応体制を強化することが重要だと考え、実際にそうしました。

緊急的に対応してくれる相談員の協力があってこそですが、こうした自殺報道直後の社会的な自殺リスクへの対応は、以前に比べるとだいぶできるようになってきたと感じます。


報道だけでなく、社会も変化している


また、自殺報道のあり方に対する世間のリアクションを見ても、社会における自殺対策の認識が変化してきているように思います。

著名人の自殺報道などによって「ウェルテル効果」が生じるリスクが高まった場合、私がライフリンクとは別に代表理事を務める「いのち支える自殺対策推進センター (JSCP)」が厚生労働省と連名でメディア各社に対し、「WHO自殺報道ガイドライン」を周知することを以前からやってきました。

一般社団法人いのち支える自殺対策推進センター JSCPの「自殺報道」に関する取り組み

それが最近になって、一般の人たちからも「この報道は自殺報道ガイドライン違反じゃないか」と、ネット上で声が上がることが増えました。こうしたことは、かつてでは考えられなかったことです。

自殺報道のあり方が、人を自殺に追い込む“凶器”になりかねないという認識が広がっている。そして、一般の人たちによって報道のあり方が問われるようになったのは、社会としての大きな変化だと感じます。


子どもの自殺も“対策”をすれば減らせるはず


私自身は、2023年は子どもの自殺対策の政策的な枠組みづくりに奔走した一年でした。2023年4月にこども家庭庁が発足することが決まっていた中で、当初は、自殺対策を担当する部署をつくる予定はないと関係者から聞いていました。

これだけ子どもの自殺が深刻な状況なのにどういうことなのかと唖然として、私がアドバイザーを務める超党派議員による「自殺対策を推進する議員の会」のメンバーの方々と相談し、何ヶ月もかけて、最終的には岸田総理のところに申し入れに行き、ようやくこども家庭庁内に「自殺対策室」をつくってもらうことになりました。

2023年4月5日、自殺対策議連が岸田総理に申し入れ。筆者(右端)もアドバイザーとして同席。

すでに広く知られているように、子どもの自殺はきわめて深刻です。小中高生の自殺者数は、自殺者総数が減少傾向にあった中でも、増加傾向が続いています。にもかかわらず、子どもの自殺対策は「ないないづくし」でした。

子どもの自殺の実態の解明すら行われず、国としての対策もなければ専任の組織もなく、当然予算も確保されていない。そんな状況で子どもの自殺は、自殺対策基本法が施行された2006年から2022年までの間に68%も増えました。

一方、同期間の全体の自殺者数は32%減少しています。自殺の実態を解明し、その分析に基づいた総合的な戦略を立て、戦略を実行するための専任組織をつくり、予算も確保して全国的な取り組みとして対策を進める中、自殺者数が大幅に減ってきています。

大人も子どもも、ほとんどの人は死にたくて自殺で亡くなっているわけではない。生きる道を選べるのであれば、自殺ではなく生きる道を選ぶ。生きる支援を行き届かせることによって、生きる道を選べる人が増え、その結果、自殺に追い込まれる人が減っていくということです。


「こどもまんなか社会」にある穴を塞ぐ


いま、政府は「こどもまんなか社会」をうたっていますが、その真ん中には大きな穴が空いています。それは落ちると自殺に追い込まれる穴で、実際にそこに毎年400〜500人の子どもたちが落ちている、落とされている。

その穴に落ちることを防ぐために、たとえば自殺を選ぶ直前に何があったのか、成績の低下や部活動での失敗、あるいは自殺のほのめかしや不登校傾向があったか。そうしたことがわかるだけでも、対策の足掛かりになります。

ところが、学校が把握していないわけがない、それらの情報すら集約されてこなかった。こんな状況で子どもの自殺を防げるはずがありません。

いろいろと紆余曲折ありましたが、こども家庭庁の中に、子どもの自殺の専任部署である自殺対策室がつくられたあとは、その動きはとてもスピーディーでした。

部署ができて2ヶ月後の2023年6月には、子どもの自殺対策に関する初めての政策的な枠組みをまとめた「こどもの自殺対策緊急強化プラン」ができ、その後、予算も確保され、自殺の実態解明や全国各地での子どもの自殺対策が動き始めています。

2022年に子どもの自殺者数が過去最多になり、あまりにも遅すぎましたが、子どもの自殺対策にもようやく政策的な枠組みができた。これで、「こどもまんなか社会」の真ん中に空いた穴を少しずつ塞ぐことができるはず。また、穴に落ちようとしている子どもを守ったり、穴に落ちた子どもを穴の中から救い出すこともできるようになるはずです。というか、そうしていかなければなりません。


自殺対策NPOとしてめざす社会と現在地


「誰も自殺に追い込まれることのない生き心地のよい社会」――。

これは、2004年にライフリンクを設立して以降、一貫して掲げてきた理念であり、原点です。20年が経とうとしているいま、その社会の実現にどこまで近づけたのかと問われれば、近づいてはいるけれども、まだまだ遠いと思っています。

2007年7月、東京ビックサイトで開催した自殺対策フォーラムの様子。

ですが、一歩ずつ近づいている実感はあります。だから、この先はいかにそのスピードを上げていくか。即効性のある方法は存在せずとも、やるべきことをやっていくことで着実に近づくことはできる。そんな感覚を得られた20年だったとも思います。

この20年で、自殺対策は少しずつ前進してきました。自殺総合対策大綱という指針がつくられ、国として自殺対策に取り組むようになり、すべての都道府県と95%を超える市区町村が独自の自殺対策計画をつくるようになった。

さらに、警察庁の自殺統計もかつては1年に1回、全国のまとまったデータしか公表されなかったのが、いまや毎月、月別に市区町村単位で公表されるようになりました。

社会としても、自殺は「個人的な問題」ではなく、「社会全体でなんとかしないといけない問題」だという認識が、徐々に根付いてきているのを感じます。

ただ若い人たちについていえば、自殺が身近な感覚になってしまっていることも、背景にあるのかもしれません。たとえば、以下のグラフ、厚生労働省「自殺対策に関する意識調査」の中の「自殺を考えた経験」の項目を推移として見ると、20歳代の「自殺したいと思ったことがある」という人の割合が顕著に増えていることがわかります。

「自殺したいと思ったことがある」割合の年代別推移|「自殺対策に関する意識調査」(平成20,23,28,令和3年)よりライフリンク作成

こうしたことからも、若い人たちにとって、自殺という問題が他人事ではなくなっている状況があるのも事実です。


自殺を「自分たちの問題」と捉える子どもたち


そのことを肌で感じる機会の一つでもありますが、近年、中学生や高校生などから、ライフリンクにインタビューの依頼をいただくことが増えました。

これも20年前には考えられなかったことです。学校の総合学習の授業で自分たちでテーマを設定するようなのですが、自殺問題をテーマにしているので話を聞かせてほしいと、中学生や高校生から直接依頼が来るんです。

ただそれは、子どもたちが関心を持たざるを得ない問題や状況になってしまっていることも意味します。子どもたちは自分たちの問題として「なんとかしたい」と思い、わざわざNPOにコンタクトをとって、会いに来る。実際に話をしてみると、本気で「なんとかしたい」と思う気持ちがひしひしと伝わってくる。

ひとりの大人として、そうした子どもたちの現状に対する申し訳なさはあります。ですが一方では、「なんとかしたい」と思ってくれている子どもたちがこれだけいるという事実に勇気づけられてもいます。

また、子どもや若い人たち自身が、「自殺は社会の問題である以上、その対策も社会全体でやるべき」という発想を持っていると、自分が抱えた悩みについても個人的な悩みだと矮小化せず、社会で解決すべき問題という意識につながる可能性がある。

自殺が「個人」から「社会」の問題へと認識が変わってきているからこそ、その変化をポジティブにとらえ、さらなる対策の強化につなげていく必要があると思っています。


「自殺者数 〇〇人」の先にあるもの


2022年のことですが、「「抱き合っているように見えた」2人は中学生の姉妹…線路内で電車にはねられ死亡」(読売新聞オンライン)という記事が出ました。

記事は、広島県内に住む15歳と13歳の女子中学生2人の姉妹が線路内で電車にはねられ、死亡したことを伝えるものです。その中で、運転士の談として「非常ブレーキをかけたが間に合わなかった。2人は抱き合っているように見えた」と書かれていました。

300字にも満たない記事ですが、いろいろなことを考えさせられます。

15年、13年しか生きていない子どもたちが、なぜ姉妹ふたりで線路に立たなければならなかったのか、どれほど怖かっただろうか、どんな思いで、ふたりで線路に立ち、抱き合って最期を迎えたのか。迫りくる電車の轟音と振動を感じながら、最期になにを思ったのか。なにか一つでも、楽しかったことやうれしかったことを思い出すことはできたのだろうか、、、と。

当然ながら、自殺者数というのは「亡くなった一人ひとり」を数え合わせた人数のことです。「自殺者数〇〇人」の先には、〇〇人それぞれの人生があったことを忘れてはなりません。私たちが取り組む自殺対策は、亡くなった人の「声なき声」に耳を傾けることでもあります。

そうした思いを抱えながら、ライフリンクはこの20年、政策提言やモデルづくり、実態調査などを行い、社会の自殺対策の枠組みに資する取り組みに尽力してきました。


「社会は変わる」という実感を得た20年


その中でも、自殺防止の相談事業を立ち上げたことは、私たちにとってこの数年で最も大きな決断でした。

めざす社会を実現するために、必要なことはなんでもやる。その姿勢を貫くためには、SNSの普及や感染症の拡大などの社会情勢が大きく変化する中、相談事業に踏み込むことは必然でした。「変わらないためには、変わり続けなければならない」という言葉がありますが、ライフリンクがライフリンクであり続けるために、社会の変化を踏まえた変化に挑んだともいえます。

ライフリンクの相談窓口は、いじめや生活苦、仕事の問題、介護疲れや借金、漠然とした生きづらさなど、様々な悩みや問題を抱え、追い詰められてしまっている人に日々向き合っています。

必要としている人には、地域の社会資源や居場所活動へとつなぐ支援もしています。相談事業は「生きることの包括的な支援」という考えから、社会インフラとして構築しているんです。

この20年を振り返ってみて、改めて実感するのは、「社会は変わるんだ」ということ。多くの人に共感してもらえるビジョンを描いて、それを実現するための具体的な道筋を描く。それができればビジョンを実現することができると、私自身、身をもって経験してきました。

ですが、やるべきことはまだまだあります。そして、そのための担い手が足りない状況です。

ライフリンクは相談事業や事務局など様々なポジションで人を募集しているので、「社会を変える仕事に挑戦したい」という想いを持つ人には、ぜひ私たちの活動に参画してもらえたらと思います。

また、自殺対策というと特別な取り組みのように聞こえてしまうかもしれませんが、誰にでもできることがあります。それは、いざという時に使える制度や相談できる窓口などを知っておくこと。そのことが、自分や身近な人の身を守ることにもつながるかもしれません。

「死にたい」「消えたい」と感じたとき、あるいはそう感じている人が周囲にいたら、ぜひ相談窓口を利用してもらえたらと思います。

※ ライフリンクの相談事業は、厚生労働省の「自殺防止対策補助事業」として実施している事業です

SNS相談「生きづらびっと

電話相談「#いのちSOS


2024年、ライフリンクがめざすこと


2024年のいま、自殺対策はこれまで以上に「試される状況」にあると、冒頭で書きました。

最後にお伝えしたいのは、そうした状況を前に、2024年のライフリンクは「生きることの促進要因」をつくることに力を入れていきたいと考えている、ということです。

自殺対策においては、自殺のリスク要因になる「生きることの阻害要因」を減らしながら、生きることを支える「生きることの促進要因」を増やしていくことが必要です。「生きていこう」「生きてていいんだ」と思えるような機会や場、関係性を社会の中にいかに増やしていけるかが重要だと考えています。

いま具体的に考えていることの一つは、居場所づくりです。ライフリンクでは、居場所をオンライン上につくるプロジェクトを、いままさに進めているところです。3月のローンチを予定しており、必要とする多くの人に届けられたらと思っています。

繰り返しになりますが、私たちがめざすのは、「誰も自殺に追い込まれることのない生き心地のよい社会」です。

それは、社会に暮らす一人ひとりが、自分自身であることに意味を感じながら生きることができる社会。誰もがいつか死を迎えるわけですが、死ぬ間際になって「人生いろいろあったけど、生まれてきてよかった」と思える社会です。

それを実現していくためには、自殺対策の一つひとつを丁寧に積み上げていく必要があります。それぞれの持ち場で担うべき役割があり、連携しながらやるべきことを地道にやっていく。

自殺対策が試されている2024年のいまこそ、ライフリンクはこれまで以上に活動のスピードを加速させていきます。そして、そのためにも、ぜひ多くの方に関心を持っていただき、一緒に歩んでいただけたらと思っています。

<ライフリンクより>
NPO法人ライフリンクは、2024年よりnoteはじめ、XFacebookInstagramでの発信を強化していきます。自殺問題への関心をより多くの人に持ってもらい、自殺対策を推進していくことで、「誰も自殺に追い込まれることのない生き心地のよい社会」を実現したいと思っています。スキやフォロー、記事のシェアなどで、ぜひ参画をお願いします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?