見出し画像

⑨ピリオド

2021年5月6日、友達が六日ぶりに mixi にログインした。状況は何も分からなかったけれど、とても嬉しかった。

すぐに「呟き」を発信した。

「〇〇さん!!  ログインされてる!!  ご本人でしょうか・・・だったら凄く嬉しいです!!」

翌7日には彼の「足あと」も付き、彼の入院中に発信した僕の呟きにも全て「イイネ」を付けてくれた(彼が入院中に迎えた誕生日のお祝いメッセージにも!!)。

更に翌8日、いつもの手順(彼から「いま電話を掛けても良いですか?」と打診)の後、電話が掛かる。

入院中、苦しくて声が出せなかったこと。女性の看護師さんから思いやりのある優しい言葉を掛けられて、ゲイなのにその人と「結婚したい!!」と思ったこと。激しい苦しみの最中にも、処置をしてくれる素敵な男性看護師に目が行き「自分はゲイなんだなぁ~」って思ったこと・・・矢継ぎ早に色々な話が飛び出す。

退院は昨日 (7日) だったそう。その日は雨で、外仕事の僕を心配していてくれたことを知って、心が嬉しく踊った。

病院では「まだここに居た方が良い」と言われたそうだが、身の回りのことをしてくれている弟さんとも相談して退院を決めたらしい。そして古い友人たちに宛てて書いたお別れの手紙を全て書き直し、なんと僕にも書いてくれる!!…と言ってくれた。本当に嬉しかった。(ただ、封筒裏に彼の名前や住所を書かないでも良いか…と問われた。僕が「その辺、やっぱり気になるの?」と聞くと、「知らない人から手紙が来たら家族の人が怪しむんじゃないか」という彼の答え。僕は「自分は変なことをしているとは全然思っていないヨ」とだけ言った。

友達のもう一人のマイミク、Aさんの話も出た。僕がAさんにDMしたことを聞いたそうだ。Aさんから聞いた友達の話を、僕はもちろん何も言わなかった。友達はAさんの容貌を mixi を通じて知っていて、「凄く好きな顔なんですよ」と言っていた。

この日の会話で、彼は自分の住んでいる町がどの辺か、大まかなことを教えてくれた(JRの或る駅の名前)。

翌9日も、夕方に彼から電話があり、会話した。この日はとても彼はハイテンションだったと思う。以前の電話で僕の仕事の内容を知り、「自分も同じ仕事をしたい」と言っていたのだけど、この日は僕の給料はどのくらいか、待遇はどんな感じか、仕事中などにも人と話すことができるか…などなど、細かい部分を熱心に聞いてきた(退院後の電話の時だったと思うが、彼が「“私は人の話を聞くことが好きなんだ”っていうことに気が付きました」と言っていたことがある。その言葉は僕の中でとても心に残っている)。

あとあと思い返すと、この日の彼は、もしかしたら病からの逃避とか、死との交換条件とか、何かそういう状態にあったのでは…という気がして、その日の彼の明るさを思うと、とても悲しく、また愛おしくなる。

この日の彼は、自分自身のことを自ら沢山明かしてくれた。それまでは自分のパーソナルな情報に関わることに話が及ぶと、拒否する様子がまざまざと窺えたのだが、自分の職業、そして下の名前(前に名字だけ聞いていたので、この日彼のフルネームが分かって凄く嬉しかった。そして下の名前の由来までも教えてくれたのだ)、最寄りの駅は本当はJRではなく、その近くを走る私鉄であること…などなど沢山!!

自ら「秘密主義」だと言って拒否していたことについてどう思ったかと問われ、「キュンとなったよ」って答えると、「悲しかったですか?」と訊かれた。

──悲しくて…じゃなくて、今まで色々なことがあったんだろうな…って思って、愛おしくなった──と僕が答えると、彼は逆に、僕が自分の住所を彼に開示した時に「キュンとなった」と言ってくれた。

電話を終えて一時間ぐらい経った頃、彼からTwitterアカウントのフォローが届いた。これよりも前の電話で「Twitterはやっていますか?」と聞かれ、僕のアカウントは既に伝えてあった。僕も彼のアカウントについて尋ねたのだが、途端に頑なになり、彼のアカウントについては教えてはもらえない状況だった。この日の電話で、彼が「Twitter、こちらからフォローします」と言っていたので直ぐに彼だと分かり、目にも止まらぬような早さで僕もフォローを返した。

思えば5月8日からの3日間、自分は幸せ一杯で、ある意味能天気で過ごしていたと思う。友達も無事退院できたし、手紙も書いてくれる…と言っていたし。


ところが翌10日の夕方、彼からの電話は様子がまるで違っていた。それまでとは全く違い、何処かこちらを突き放すような、冷ややかな感じ とでも言ったら良いか・・・。「どうしたのかな…」と馬鹿な自分は当惑するばかりで、何も感じることができなかった。

彼はこう言っていた。

「“生きている意味があるのかな…” って思っていたけど、やっと吹っ切れました」

そしてこうも言った。

「良くはならない・・・って弟から聞きました」

いつもの様子と違うことに戸惑うばかりで、彼の言っている言葉の深刻さに気が付かなかったのだ・・・と今は思う。


「どうしたんだろう」

僕は釈然としなくて、「もう彼のことなんか知らないや…!!」ぐらいなことまで思ってしまっていたのだが、その日の夜10時過ぎ、彼から「呟き」の形でメッセージが届いた。

「〇〇さん、電話に付き合っていただき本当にありがとうございました。再び〇〇病院ではない違う病院に入院することになりました。もう多分終わりです。色々と本当にありがとうございました。〇〇さんと出会えて本当に幸せでした。ありがとうございます。」

このメッセージに少し遅れて気が付いた自分は、すぐに「呟き」へのコメントの形で返信した。もう夜も遅かったけど、携帯電話にも電話してみた。応えはいずれもなく。僕の必死の叫びは届かなかった。

目の前でいきなり硬い扉が閉まったようで、僕は声を上げて泣いた。それまで体験したことのない感情だった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?