AI は思わぬ方向から職を奪う
最近、人口知能(AI)の進歩によってどんな職が奪われるのか、というテーマの議論がとても増えています。
典型的なのが @Dime の「営業マンの数は減っていくのか?慶大・土居丈朗教授に聞いた『今後、生き残る仕事』」という記事で、どんな職がAIによって置き換えられるのかを、以下のような文章で説明しています。
働く人の多くを占める、営業マンはどうかと言うと、足で稼ぐタイプの営業は減る。準備、企画などAIに導いてもらい、データで示す営業スタイルになる。どこに訪問しても同じセールストークの営業マンはAIに置き換わる。営業マンの人数は減ることになるだろう。
実際に、ミクロに見た場合には、そんな変化は起こりつつあるとは思いますが、とても時間がかかると私は見ています。そんな形の変化を起こすには、企業はリスクをとってIT投資をしなければなりませんが、「AIの導入による営業効率の改善」が明確に見えない限りはなかなか大胆な投資はできないし、それによって職を奪われる立場にある営業の人たちからの全面的な協力を得ることは難しいからです。
しかし、全く失うものがない新規参入業者は、そもそも解雇しなければならない人もいないため、AIなどのテクノロジーを駆使してビジネスを効率化するのは当然です。それも、単に既存の製品やサービスをそのまま置き換えるのではなく、根本的に違うビジネスモデルや売り方で、別の方法で顧客のニーズに答える形で市場を奪ってしまうことが理にかなっています。
私は、AIによる職の喪失は、そんな形の「テクノロジーを駆使した新規参入業者が、既存のビジネスを置き換える」形で起きると見ています。
分かりやすい例が、街から消えつつある書店です。書店というビジネスが成り立たなくなって来たのは、オンラインではるかに効率よく本を販売するアマゾンというライバルが登場したためです。IT投資などが出来ない、小さな街の書店が倒産してしまったのは当然ですが、IT投資が出来る体力のある紀伊国屋や丸善のような大規模な書店までも苦戦しているのはどうしてでしょう?
当然ですが、紀伊国屋のような大手書店は、レジからの情報をリアルタイムで収集し、どの書籍を仕入れるべきか、どの書籍を平積みして顧客の目につくところにおくか、などを計画的に実行していますが、アマゾンのように、それぞれの人に向けて「その人が買いそうな書籍」を並べて見せることは出来ないし、品揃えでも全くかないません。
多分、彼らは次の一手として、Amazon Go のような無人レジを計画していると思いますが、それには莫大な投資と時間が必要で、その投資に見あうリターンが得られる保証は全くありません。
銀行業務に関しても同じようなことが言えます。本来ならば既存の銀行がテクノロジーを使って業務を効率化すべきなのですが、簡単には人を解雇できない、既存の業務のプロセスを一気に変えることは難しい、あまりに莫大なIT投資は一度には出来ない、などの理由で、変化は遅々としています。
そんな中で登場したのが、テクノロジーを活用した(中国の)アリババのアリペイのような仕組みです。アリペイの凄さは、単にキャッシュレス社会を実現しただけでなく、個人のお金の使い方を完全に把握することにより、それぞれの顧客に対して「この人になら幾らまで貸しても貸し倒れにならないか」を把握できるようにしたことで、これにより、既存の銀行よりもはるかに低リスクでローンを提供できるようになったのです。
結果的に、これまで中国の銀行の消費者ローン部門で働いていた人は職を失いつつありますが、それは銀行がテクノロジーを使って業務を効率化したからではなく、アリババがテクノロジーを使って、消費者ローンビジネスを銀行から奪うことによって起こったのです。
つまり、「AIによりどんな職が奪われるか」を考えるときには、「既存の企業が人をAIで置き換えるシナリオ」よりも、「(解雇すべき人など抱えてない)AIを駆使する新規参入企業に既存の企業を淘汰してしまうシナリオ」の方が、はるかにインパクトが大きいことを頭に入れておくべきなのです。
日本の大企業の多くは、パソコンやインターネットの登場による生産効率の向上を今だに享受出来ていませんが、その根底には、終身雇用・年功序列・解雇規制があるのです。今後、ホワイトカラーの仕事まで奪うAIの登場により、その手の企業では、「AIリストラ」の是非が議論されると思いますが、それはあくまで「既存の企業が人をAIで置き換えるシナリオ」でしかなく、ゆっくりとした形でしか進まないと私は見ています。
AIによるの雇用大崩壊は、「AIを駆使する新規参入企業が既存の企業を淘汰してしまうシナリオ」によって起こり、昨今のGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)の台頭は、その始まりのサインなのです。
この記事は、メルマガ「週刊 Life is beautiful」からの引用です。毎週火曜日、米国のIT事情やベンチャー市場、および、米国と日本の違いなどについて書いています。