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君はもう、『甲子園 フィールド・オブ・ドリームス』を観たか? | 山崎エマ監督インタビュー

先日、福岡の中洲大洋という映画館で、『甲子園 フィールド・オブ・ドリームス』を観た。

簡単にこの映画のことを説明すると、横浜隼人高校(神奈川)の水谷監督と花巻東高校(岩手)の佐々木監督、そして両校の選手を中心に描かれるドキュメンタリーである。

高校野球ファンを自認する方であれば、もうこの時点で興味を持ってくれたと思う。そして、興味を持ったならばどうか、今すぐ近くの劇場を調べてほしい。そして、映画館まで観に行ってほしい。でないときっと後悔すると思う。それくらい素晴らしい作品だ。私は今、全国の高校野球ファンの方にこそ、この作品を観てほしくてこの記事を書いている

原型は、NHKのドキュメンタリー

実はこの映画の原型と呼べるものを、私は2年前に観ていた。NHKの「ノーナレ」という番組で、第100回夏の甲子園を目指す横浜隼人高校を追ったドキュメンタリーとして放映されていたからだ。高校野球を、「青春」「熱血」「お涙頂戴」という予定調和な文脈で切り取るメディアが圧倒的に多い中、このドキュメンタリーはその質感が全く異なっていた。

体重を増やさないと試合に出られない選手たちが、おにぎりを頬張りながら「試合出て~」とぼやく。道端で拾ったゴミの数を競い合う。思わず松本大洋の短編野球漫画『夏でポン!』(※『青い春』収録)を思い出すくらい、素朴で飾り気のない選手たちの実像を炙り出していたからだ。

鑑賞翌日に実現したインタビュー

それから2年がたち、今回映画作品として劇場公開されることになった。私はこの感動をしっかりと言葉にしたいと思い、鑑賞日の翌日に監督の山崎エマさんにTwitter経由でインタビューを申し込んだ。すると驚いたことに、その日にお話を伺うことができた(すごい時代だ)。

山﨑エマ監督

英国人と日本人の両親を持ち、高校卒業後にアメリカへ渡って映像を学んだ彼女が、なぜ高校野球をテーマに作品を撮ろうと思ったのか。まずはそんなところから作品を深堀りしていきたい。

●山崎エマ監督(以下、山崎):大学卒業後も含めて9年間アメリカで映像作品を撮り続けていたんですけど、久しぶりに日本で暮らすとその良さに気付き始めるんですね。電車が時間通りに来る、ちゃんとお店や駅でも整列する、集団に対しての配慮がある。海外では当たり前でないそういったことに感動したんです。その一方で、アメリカでの日本の印象は、アニメ、スシなどイメージが固定されていることに違和感があって。今度の作品は日本のことを伝えるものにしようと思ってリサーチを始めたのが2017年の春頃でした。ちょうど春のセンバツのシーズンで、どこに行っても甲子園がテレビで流れている。それを見て、そこに日本のいろんな現実が凝縮されているような気がして、日本の縮図として描けるんじゃないかと思ったんです。

横浜隼人と花巻東の浅からぬ“縁”

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映画の中では最初に日本の高校野球の歴史が説明される。100年以上続いていること。アメリカから入ってきたスポーツが“野球道”となり、教育の一環として広まっていったこと。全国の4000校以上の高校が競うトーナメントがあり、その全国大会の舞台となる聖地が「甲子園」であること。日本に暮らす私たちからしてみればもはや至極当たり前のことであるが、こうやって客観的に説明されると確かにユニークな大会だ。いわゆる天下一武道会の構図でダイナミックである。そんな中で、横浜隼人高校と花巻東高校をピックアップしたのは不思議な縁からだった。

山崎:世界の人に見てもらいたいと思っていたので、そのためにはメジャーリーガーに関係のある高校が良いと思っていました。かつ、日本に野球が入ったルーツは横浜と言われているので、横浜市内の高校が良いなと思って情報を集めていたんです。そしたら、この映画にも記録映像として出てくる池田高校の蔦文也監督のお孫さんが実は映画監督で、私の夫とも知り合いなんですけど、彼の紹介で横浜隼人の水谷監督につながったんです。初めて見学に行ってみたら、練習が本当にキビキビしていて、みんながすごく挨拶もしっかりしている。初日なのに、「僕たちは日本一の練習をしているから、ぜひ世界に発信してください」と生徒に真っ直ぐな目で言われて、その言葉に嘘がない。本当に印象的で、ここに決めようと思いました。

この場面をちゃんと伝えられなかったら、この仕事を辞めた方が良い

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横浜隼人高校からは、キャプテン、メンバー当落線上の選手、1年生指導係という3人の選手がフォーカスされている。組織には役割があり、レイヤーがある。大人であっても誰かを自己投影せずにはいられない、それぞれが印象的なキャラクターだった。中でも指導係の向井君は印象深い。選手という道を閉ざされても自らの役割に徹し、横浜隼人高校野球部が志す「人間形成」の信念を後輩たちに伝える選手だ。

山崎:この映画を観た方の多くは向井君の話をしてくれます。それくらい彼は印象的ですよね。彼が1年生を指導する場面は撮影を始めて3日目だったんです。1年生全員で整列して全力疾走して、遅れが出る子もいる。それを笑う子がいたときに彼は「今何で笑った?」とそれを全力で叱る。実際に映画に使ったのは2~3分ですけど、あの場面、実際には彼は10分くらいあのテンションで真剣に指導していたんです。1年間追い続けて、撮りながら私自身が泣いてしまう場面もいくつかあったんですけど、最初がその時でした。この場面をちゃんと上手く伝えられなかったら、観ている方に届けることができなかったら、私はこの仕事を辞めた方が良いと思ったくらい、良い映像にするぞと確信に変わったシーンでした。

水谷監督と佐々木監督の共通点と違い

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映画は中盤、舞台を花巻東高校の佐々木監督へ移す。言わずと知れたメジャーリーガーの大谷翔平選手や菊池雄星選手の恩師であるが、実は横浜隼人高校でコーチの経歴があり、水谷監督の弟子にあたる。

山崎:これも本当に導かれるような縁ですよね。水谷監督の紹介で花巻東高校とつながって、メジャーリーガーを輩出している高校を撮れることになり、アメリカの方にも興味を持ってもらいやすい作品になったと思います。水谷監督から佐々木監督へ受け継がれているものはたくさんあって、全力疾走や整理整頓、細かいことが野球につながるといった教育はすべて花巻東にもつながっているんですよね。その上で佐々木監督は新しいことを取り入れる必要性もあると試行錯誤している。そこにさらに、今度は水谷監督がご自身の息子を花巻東に預けることになる…。こういう師弟関係というか繋がりは、いかにも日本的だなと思って興味深く描けました。

高校野球を通して見えてくる、日本社会の縮図

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映画の中では、水谷監督の故郷・徳島の実家にもカメラが向けられる。ここで我々は知られざる水谷監督の過去と現実を知ることになるのだが、それは映画館でじっくりと確かめていただきたい。一つ言えるのは、「高校野球」という素材を通して、戦後の日本社会、働き方改革、家族の在り方など、この映画がさまざまなテーマを内包しながら、日本の現実を見事に浮かび上がらせる構図になっていることだ。

山崎:常に意識していたのは、高校野球の世界から広げること、普通の社会の様子とつなげていくことですね。ドローンを多用したり、日常社会のシーンを挟み込んでいるのもそのためです。水谷監督の実家でのエピソード、そこで初めて露わになる事実は、日本の高度成長とも大きく重なっていて。日本が近代化を進めていった時代の息子世代が水谷監督であり、象徴的な世代ですよね。水谷監督は、同じ徳島の池田高校が甲子園で大活躍したあの年代の選手でもあり、それを知ると今水谷監督がなぜあれだけの執念で甲子園を目指すのかが見えるようになる。ご実家についてや徳島時代の話は、監督ご自身では絶対に語らないことだと思うんです。それがドキュメンタリーの醍醐味で、自分のことを自分ですべて語れるわけではない。周りの人の取材をすることで浮かんでくる人物像があると思います。

「日本人もこんなに感情豊かに泣くのか」全米放映の反響

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この映画は、一足先にアメリカのESPN(全米で放送されるスポーツチャンネル)でも放映され、大反響を呼んだという。世界の人に見てほしいと語っていた山崎監督の狙いは、アメリカでどのように受け止められたのだろうか。

山崎:おかげさまで放送後にすごい話題になって、「KOSHIEN」というワードがツイッターでも溢れかえってました。野球が好きなアメリカの人でも、当然ながら日本の高校野球のことは知らないんですよね。話題になるのと言えば、投球過多や酷暑での試合などの社会問題の方で、やはり偏見もあったと思うんです。この放送を通じて、100年も歴史があることに驚かれたりとか、「こんなに純粋な野球の世界があるのか」「日本人もこんなに感情豊かに泣くのか」ということに驚く方も多かった。特にアメリカは家族を大切にする文化なので、水谷監督がチームの指導を優先して自分の子どもの試合を見たことがないというエピソードはインパクトが大きかったようですね。家族より仕事を大事にする日本人、彼らが思う日本社会の謎が説得力を持った場面にはなったと思います。

コロナが甲子園を奪った中で、この映画が果たすべき役割

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2020年はコロナの影響で春夏の甲子園が中止となり、この映画で描かれる「甲子園を目指す青春」が失われた年でもあった。山崎監督はその様子をどのように受け止めていたのだろうか。

山崎:今年の3年生は撮影の時の1年生。映画にも登場する水谷監督の息子・公省くんもそうです。情熱をかけてきた大きな目標がなくなってしまった彼らには、何を言っても足りないと思うんですけど…。ただ水谷監督や佐々木監督が、今どういう言葉を選手たちに投げているのか、向き合っているのかは想像していました。きっとこの状況さえも教育の一環として、前向きなメッセージを伝えようとしているだろうなと。すべてを教育につなげるのが指導者だから。この作品自体も、コロナの影響で海外の配給ができなくなったりもしたんですけど、こうして日本での公開が何とか夏に間に合う形で実現に至ったのは、甲子園の中止とも無縁ではないんです。甲子園のない夏だからこそこの映画を届けようと、日本高野連の方や周囲の方が協力してくださいました。甲子園は、101回続いてきたまさに日本の夏のセンターピース。日本人の心に絶対にあるものです。でも悲しいかな、一度途切れると当たり前に戻ってこないのが文化だとも思います。だから、ちゃんとつなぐのがこの映画の役割。一人でも高校野球を思い出してもらえる存在になれたらと思いますし、社会が立ち止まったタイミングだからこそ伝わるものがある。高校野球に飢えてる人には元気の源になったら嬉しいです。

映画は8月下旬に公開後、各地で反響を呼びながらじわじわと広がっている。繰り返しになるが、少しでも興味を持ったならばどうか、今すぐ近くの劇場を調べてほしい。そして、映画館まで観に行ってほしい。でないときっと後悔すると思う。それくらい素晴らしい作品だ。

『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』ポスタービジュアル


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◆九州・福岡を中心に活動する高校野球専門の個人メディアです◆観戦エリアは主に福岡南部、ときどき甲子園◆週末ライターとして、試合レポートや監督・選手へのインタビューも行います◆2008年、福岡ソフトバンクホークスの球団オフィシャルメディアに従事◆取材・執筆等のご相談はツイッターへ。

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