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帰国子女の語学コンプレックスを解決する3つの方法

私はイギリス生まれ、幼少期にはオーストラリア。結婚後は韓国、中国、アメリカと海外に縁がある人生です。

このプロフィールを見たとき、ほとんどの方がこのように聞きます。


じゃあ、英語ペラペラでしょう?


これから失礼な言葉を叫ぶことをお許しください。


んなわけねーだろーー!!


申し訳ありません。この叫びの理由は以下の詳しいプロフィールからお分りいただけると思います。

◆ 帰国子女の苦悩

父の海外赴任中、イギリスで生まれて、3ヶ月のベビー状態で日本に帰国。

オーストラリアでの小学校4年間は、日本の文部省の教育カリキュラムに基づいたシドニー日本人学校に通学。先生も友人も全員、日本人です。

このような生活でしたので、周りの人が言う「英語ペラペラ」ってどのぐらいのことを言うのかわかりませんが、百歩譲っても(何を譲っているのか笑)ペラペラなわけない!

ペラペラになれるわけがないのです!!

当時、日本人学校では1日に1時間、英語の授業がありました。もう30年以上前の話です。日本の小学校では、まだ英語教育はされていませんでした。

ですので、本帰国して中学校から日本の学校に通学すると、周りよりほんの少し英語がよくできたのです。

それでも高校に入ると、どうしてどうして周りのレベルが急激に上がってきて、いつの間にか私の英語の成績は「普通」になっていました。

そのうち、私は自分が帰国子女であることを隠すようになりました。海外にいたのに、なぜ英語が「普通」のレベルなの?そんな風に思われるのが怖かったからです。

そんな帰国子女の私が苦しんだ「英語コンプレックス」。あれから30年、今ならそのコンプレックスの解決法が分かります。今回は、その解決法を3つにまとめてお伝えします。

1. 英語ペラペラを目指した結果

若かりし頃の自分は、英語コンプレックスを解消しようと涙ぐましい努力をしました。

高校では、2週間の海外ホームステイ研修があると聞けば、親に頼んですぐに申し込み。大学では、アメリカ研修旅行があると聞けば、他大学のゼミにも関わらず、申し込み。


大学の英語サークル
英会話スクール
外国人講師とのマッチングサービス
外国人がいるバーに行く
外国人の友人を作る


その当時、自分にできることは何でもやったつもりです。親のお金、自分で稼いだお金、どちらも相当使いました。


でも…
コンプレックスを埋める英語力は、ついに手に入りませんでした。


その原因のひとつは、


ネイティブのように話す


という途方もない目標を目指したからでした。


なぜ途方もないかというと、自分は英語育ちのネイティブではないからです。


自分の考える「ネイティブ」とは、どんな話題であっても、自分の意見を滞りなく話し、同時に相手の話す内容も、一字一句全てを理解できること。

日本語でも高度なことを、英語にも求めていました。

理想が高すぎて、自分の努力も追いつかず、私はやればやるほど追い詰められました。

振り返ってみると、日本の生活でも、英語を使う場に身を置く努力はしていたので、英語力は少しずつ上がっていたと思うのです。

でも自分が設定する「ネイティブ並み」には到底届かない。

さらに、「ネイティブ」「英語ペラペラ」は、あまりにも漠然としていました。そのために、完成形がない目標に対して、どんなに頑張っても自分を褒めてあげられなかったのです。

当然と言えば、当然ですね。

その壮大な目標に比べれば、自分の小さな小さな成長なんて、足の親指くらいにしか前に進んでないように感じてしまいます。


あの時の自分はかわいそうだったなぁ。


「ネイティブ並み」とは、具体的に、何をどうしたら「ネイティブ」と自分で思えるのか。


それだけでも、きちんと決めていれば、あんなに苦しまなくて済んだのに。


自分が気がつかなくても、誰かから「あなたにとってネイティブとは、何をどうすることなのか、詳しく教えて。」と聞かれていれば、考えたかもしれません。


でも、聞いてくれる人もいませんでした。


大手スクールの講師も、出会った外国人も、ただ膨大なカリキュラムや、適当な英会話で、


ネイティブ並み?あなたはもう上手だよ。もっとやれば、もっとできるよ!


と、陽気に肩をたたくだけでした。


なーんて、人のせいにするのはいけませんね。ごめんなさい。


今になって感じるのは、私が40代で初めて受けた「コーチング」というものが、この「誰かが聞いてくれていれば」にあたります。


コーチは、漠然とした理想に向かわせるようなことはしないですから。


当時、こういう人がいたらなぁと、しみじみ思うのでした。


2. 継続できない自分の性格を責めた結果

先ほどは、英語に対する目標が漠然としすぎていたために苦しんだ話を
書きました。

しかし、そのことを差し引いても、努力の割には実力が伴わないと感じていました。


その理由は、


やる気が続かない


という自分の性格にあると思っていたのです。


これは英語に限ったことではなく、受験勉強でもそうでしたし、2歳から18歳まで続けていた水泳でもそうでした。


年数に比例する結果が出せないまま、全てが終わっていきました。


今考えると、その理由がわかります。

前回書いたように、全ての事柄に対して目標が漠然としている上に、


「ステップが不明確だった」からです。


目標に到達するためには、どのような「段階」を踏めばいいのか?


登るべき階段を作ることができなかったために、ずっと地面から高層ビルの最上階を眺めている状態でした。


どうしたらあの階に行けるか?

何のために、その階に行きたいのか?


英語も水泳も小さな頃に始めたもので、自分では好きだから続けていると
思っていました。


でも、ふたを開けてみると、海外生活の経験があるにも関わらず、英語がペラペラではないという引け目。周りの目が気になり、自分のことを責める日々。そのコンプレックスのために、「英語さえできるようになれば、人生が全てうまくいく」とさえ思っていました。


水泳でもそうです。


2歳という物心がつくかつかないかの頃からやっていたので、一定の期間まではあまり努力しなくても、周りよりも速く泳げていたのです。それが自分の強みだと思っていたし、自信でもありました。

しかし、大きくなるにつれて、周りには追い抜かれ、情熱も失い水泳から遠ざかることになります。

結局、「継続できない」という自分の性格が、全ての物事の上達を阻んでいるのだと思っていたのです。

でも、それは違いました。

継続できない性格のせいではなく、「継続できる仕組み」を作れなかったことが原因だと、今は分かります。

10階に行くためには、ひとっ飛びでは行けない。1階から階段をコツコツ登っていくしかない。

その階段は、木なのか、鉄なのか、大理石なのか。

段差は高いか、低いか。

目指す10階に到達したら、どうなるのか。

このように、多方面から細かなステップを作る作業をしなかったことが、私のやる気が続かない原因だったのです。

ちなみに、そうは言っても、英語も水泳も、私の人生の一部を彩ってくれた大切な財産であることに変わりありません。

そう感じられることが、本当の「英語コンプレックス」解消法なのかもしれませんね。

3. プライドが邪魔をした結果

これまで、私の英語コンプレックスについて、目標が高すぎる、ステップを踏まなかったことで苦しんだと書きました。


もうひとつ、英語コンプレックスを増大させる原因として、これがありました。


英語ができない、と言えない「プライド」


これは非常に不思議なのですが、英語できますか?と聞かれると、「いえいえ、まだまだ、ちょっとだけ、日常会話程度は…」などと答えるのですが、


英語はできないのですね?と聞かれた場合、「はい、出来ません。」と断言するには忍びない。


そんな小さなプライドが、英語にはありました。


ネイティブの人の話を聞いて、完全にわからないかというと、そんなことはなく、話題によっては半分以上わかることもあります。現に外資系企業で働いていたこともあります。


できます!とは言い難いが、できません!とも言いにくい。


だから、英語で何か言われて分からなかった時も、なんとなく分かったようにニヤニヤしながらその場を去ることが多く、英語も上達しませんでした。


その自分の小さなプライドに気がついたのは、夫の海外駐在について、韓国と中国に住んだ時でした。


外国語学習は英語に集中していた私にとって、まさにゼロからスタートした、韓国語と中国語。


最初は街中で言葉を発するのも、声をかけられるのも恐怖でしたが、そのうち一文、二文と話せることが増えていきます。


そうすると、相手の韓国人や中国人の方が


上手だね!私たちの言葉を話せてすごいね!


と、やたら褒めてくれるのです。


それは、日本語を話す外国人に出くわした時の、私たちの反応と似ていると思います。


外国の人たちが、自分の国の言葉を勉強して、一生懸命話している姿を見ると、心打たれる。ありがたいと思う。そして単純に、うれしい。


そんな気持ちなのではないかなと、推測しています。


そんなことがあって、私は気づいたのです。


ゼロから始めたことだから、自分も実力以上に自分に期待していない。
だから平気で、韓国語わかりません。中国語分かりません。と素直に口にすることができるのだ、と。

一方的にまくし立てる韓国人や中国人の方々に、

自分はあなたの言語が母国語ではないので、もっと簡単な言葉で、ゆっくり話してほしい。

と頼むと、相手ははっとした様子で、ゆっくりと簡単な単語でなんとか伝えようと説明してくれたのです。


そのようにして、自分の語学力を相手にオープンにすることが、私の韓国語と中国語の上達に大いに役立ちました。


ちなみに、現在生活しているアメリカでは、


英語はできて当たり前。話しても誰も褒めてくれない。


一方で、多人種国家ゆえに、英語が第一言語ではない人も大勢いるため、
できないと言えば、それにも理解を示してくれる。


そんな印象です。


このご時世オンラインや電話で話すことも増え、どうしても聞き取れない、伝わらない、その場をうやむやにして流せないときが多々あります。


今までは変なプライドがあり、なかなか「分からない」と言いづらかった英語ですが、その時には正直に、


英語が母国語ではないので、ゆっくりシンプルな言葉で話してくれますか?


と言うようにしています。すると、次に同様のシチュエーションになった際に相手が話す内容が想像できるし、使う単語も理解できるようになりました。

◆ まとめ

オーストラリアで幼少期を過ごした帰国子女が直面した「英語コンプレックス」。その解決方法は以下の3つでした。

1. 目指す英語レベルを具体的に設定すること。

「英語ペラペラ」「ネイティブ並み」という漠然とした目標は、自分の実力と努力を認められない恐れあり。

2. 目標までのステップを詳細に決めること。

「やる気が続かない」「継続力がない」など、自分の性格のせいだと自分を責めないこと。あくまでも「継続できる仕組み」があるか、ないかの問題。

3. 小さなプライドは捨てること。

自分の語学力をオープンにして、分からないことはできるだけその場で相手に伝える。「分からないと思われたら恥ずかしい」という気持ちは無用。

「海外にいたなら、その国の言葉はペラペラでしょ」の呪縛で、自信をなくして隠す必要は全くありません!どのような形であれ、あなたは確かにその時海外にいて、それは人生の流れの一部であることには間違いないのですから。


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