黒川元検事長問題は、既に「ハコ点になった人」が絶対ヤダと言って点棒を握りしめているときどうするか、という問題になっている。

Ⅰ 黒川氏への適切な処分内容には、色々な意見や評価があるが、無理に懲戒にしないことにすると、社会のルールが歪んでしまうことが危惧される。

 黒川元検事長に対する妥当な処分はどのようなものか、という点については、色々な意見があると思います。

 刑事事件にすべきだとか、懲戒免職にすべきだとか、非常に厳しい意見も散見されます。一方で、刑法は国民の誰にでも適用される以上、黒川氏が極めて高い責任を持つ立場だからといって、刑事的に特に厳しく罰せられるというのはおかしいという意見もあります。

 しかし、少なくとも、何らかの懲戒処分にはなるだろうというのが、多くの市民の常識的感覚ではないかと思います。懲戒免職とまで行かないにせよ、いくらなんでも戒告にさえならないのは変だろうと。

 もちろん、法の適用は、市民感覚だけで決まるものではありませんが、一方で、市民感覚とあまりにずれた法適用も国民にとって受け入れられませんから、法的な理屈と市民感覚の両方が重要です。

 私自身は、以下に添付する倉阪秀史教授の論考が、非常に丁寧で参考になりました。無理やり黒川氏について懲戒に当たらないという結論を出そうとすれば、社会のルールが歪んでしまうという危惧が示されています。おっしゃる通りだと思います。

<黒川氏を懲戒にしないために必要な「新しい価値観」>

1)1000点100円のレートだと賭博罪を適用しないという新解釈。
2)「3年間にわたって月に2,3回賭け麻雀を行うこと」は国家公務員倫理規程第五条にある「供応接待を繰り返し受ける等社会通念上相当と認められる程度を超えて供応接待又は財産上の利益の供与を受けてはならない」という規定に該当しないという新解釈。
3)検事長職にある者が新聞記者と3年間にわたって月に2,3回賭け麻雀を行うことは、人事院が定める懲戒処分の指針に照らしても処分対象ではないという前例。(倉阪教授の論考より引用)


Ⅱ 刑事上の罪になるか否かはともかく、国家公務員法上の懲戒事由は認められると思われる

 私自身の認識・評価は、黒川氏については、刑事上の罪になるかはともかく、国家公務員法上の懲戒処分には該当するのではないかというものです。その理由については以下の別投稿に詳しく書きました。(もしもお時間ある方は後でどうぞ)


 上記は、なるべく論理的に検討したつもりですが、個人の価値判断が混じっているので、もちろん絶対的な正解ではありません。事実認定についてもその評価についても、人によって一定のズレは当然生じてくるものです。


Ⅲ 今週の国会審議を踏まえると、既にこの問題は決着がついている。

 しかし、ここで重要なことは、今週の国会審議の経過までを含めて分析すると、この問題は、既に、色々な評価がありえるよね、とか、どちらの価値判断もあるよね、という話ではなくなったということです。

 懲戒処分の中で具体的にどの程度重い処分となるかはともかく、少なくとも、明確に懲戒相当で訓告は不当、という形で決着がついていると考えられるのです。


 というのも、黒川氏がもしも懲戒処分にならないという評価をするなら、彼のやったテンピン賭けマージャンが、「賭博」に該当しない程度の「遊び」だった、という認定をせざるをえないはずなのです。

 
 そうしないと、上述の国家公務員の懲戒基準を定めた処分規定「懲戒処分の指針について」において、賭博は懲戒事由だと明記してあることに反してしまいます。

 しかし、後述するように、国会答弁で、少なくとも国家公務員法上の懲戒事由である「賭博」に該当することが、認められてしまっているのです。
 
 さらに「賭博」に該当した場合には、「常習性」も認められてしまうのではないかと思います。3年にわたり月に複数回というのは、それ自体かなり多いうえに、緊急事態宣言中にまできっちり2回実施しているなど、定期的に継続して行っていたことが明らかだからです。

 実際に、国会審議においても、常習性の方に当たらないのではないかという議論は、政府の側からも殆ど出てきません。


Ⅳ 賭博であることも、懲戒事由に該当する非違行為であることも、国会答弁で認めてしまっている

 さて、今週の国会審議を見てみましょう。 
 26日の参議院法務委員会の審議で、法務省の刑事局長は、鈴木宗男議員の質問に答えて、黒川氏の今回の行為が

「私どもが行った認定、すなわち人事上の処分としては賭博に当たると考えております」
と認めてしまったのです。
 
 これは、刑法上の「賭博」に該当するかは判断を避けていますが、少なくとも、国家公務員法上の懲戒処分事由である「賭博」には当たると言ってしまったということで、これで、処分規定上の懲戒への該当は確定(戒告又は減給)、さらに常習だとすると停職相当です。

 さらに、同じ日の衆議院の方の法務委員会で、後藤祐一議員の質問に答えて、森法務大臣は、黒川氏の行為が、国家公務員法第99条で禁止する信用失墜行為に該当し同法82条1項各号に規定される懲戒事由のいずれにもあたると認めてしまいました。

ーーーーーーーーーーーーー参照条文ーーーーーーーーーーーーー

(信用失墜行為の禁止)
第九十九条 職員は、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。<国家公務員法>

(懲戒の場合)
第八十二条 職員が、次の各号のいずれかに該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。
一 この法律若しくは国家公務員倫理法又はこれらの法律に基づく命令(国家公務員倫理法第五条第三項の規定に基づく訓令及び同条第四項の規定に基づく規則を含む。)に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
(第2項以下略)<国家公務員法>

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ということは、  
 黒川氏の行為が、賭博で、信用失墜行為で、国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行でもある、ここまでは認められてしまっているということです。さらに、常習性も積極的に無いという主張が展開されてはいません。

 国家公務員法および上述の処分規定上、「賭博」に当たれば、もう懲戒で、さらに内容としても信用失墜行為で非違性も高い。事実認定において、ここまで政府の側が懲戒相当となる事由を認めてしまっておいて、突然、評価の部分だけ、懲戒処分相当ではないというのは、どうやっても無理があります。

 したがって、規定への適用上、懲戒処分相当であることが確定で、もう決着が付いてしまっているということです。


Ⅴ 懲戒事由はあるが、「できる」規定だから懲戒しない、という恐ろしい強弁

 しかし、森大臣の答弁によれば、懲戒事由にはあたるものの、懲戒処分をするかどうかは、「できる」規定で処分権者に裁量があるから、ここまでの事情があってもなお、あえて訓告が相当で、懲戒処分にはしなかったというのです。

 これは、そもそも論として、無茶苦茶な強弁です。「できる」規定だからといって、何の基準もなく自由に処分するか否かを決められるわけではなく、特に国家公務員の懲戒については、恣意的な判断を防ぐために、わざわざ処分規定が定められ公開されているからです。

 もちろん、形式的に懲戒事由に該当していても、事案の実質を判断した際に、本当はあまり悪質とは言えない何か特段の事由があって、情状酌量されて懲戒を免れるということは、理屈上はあり得るかと思います。

 しかしながら、今回については、処分規定上は明確に懲戒処分相当なのに、あえて懲戒にしないことを基礎づけるほどの、「特段の事情」は、現状の調査報告書を見る限り、特に示されていません。そのうえ、これ以上の調査等はしないと政府自体が言っているのです。
 
 
 標準的な規定によれば、常習なら「戒告、減給、停職、免職」という順番で重くなる処分の2番目に重い「停職」相当に該当し、常習性が認められないとしても「戒告が減給」には該当する行為をした者を、たとえ酌量すべき事情があったとしても、一気に懲戒処分自体にあたらない「訓告」で済ませる、というのは、さすがにどうやっても無理でしょう。
 
 
 そのうえ、今回について、酌量すべき事情自体あるかというと、残念ながら、情状も悪すぎるでしょう。
 
① 検事長という公務員の中でもトップクラスに高い倫理観を求められる役職の者が 
② 自らの定年延長問題が取りざたされている状況の中で
③ 特定の新聞記者と特権的に賭けマージャンを繰り返し
④ 自粛期間中にまで定期的な賭けマージャンを行い続けた
➄ その際、常に帰りのタクシーは記者に同乗する形で料金を支払わず
⑥ そのタクシーの乗車時間は取材に充てられていた
  
 これでなお、懲戒を選択しなくてよいほどの、情状酌量の余地があるというのなら、政府の側がその点を明確に説明する責任があります。


Ⅵ マージャンで『ハコ点』になっているけど、「断固認めない!」といって点棒を握りしめている人がいたら、どうするかという問題?

 以上の通り、黒川元検事長について、さすがに訓告は不当で、何らかの懲戒処分にしなければならないということは、明確に決着がついています。

 しかし、残念ながら、そのことを内閣が認めない、さらに自分が決めたわけでもないと言い張る、といういつも(以上)の手段に出てきているわけです。
 
 そして従来、どんなに無茶苦茶な強弁をしても支持率が下がらない、ということを背景に、この政権は、この無茶苦茶を維持してきたわけです。
 
 これまでは、残念ながら、国民が選挙における選択を含め、「他に適任も見当たらないし株も上がっているし、ある程度は無茶苦茶でもいいか」、という消極的なお墨付きを与えてきたということなのだと思います。

 しかし、こんな強弁をし続ける政府と、信頼関係を維持できるかということを、さすがに今回は考えなければならないのではないでしょうか。

 黒川検事長の件に引き付けてマージャンに例えれば、『ハコ点』になってるのに、「断固負けてない」「私が振り込んだんじゃない」と強弁し続けて、断固点棒を渡さず、負けを清算しないという人と、今後も卓を囲み続けたいですか?という話かと思います。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?