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『痛み』についての考察(2/2)

4、脳はたびたび身体が危険だと”思い込む”

 これは極端な例だが、幻肢痛は聞いた事あるだろう。四肢のいずれかが欠損した状態で痛覚シグナルを送れないにもかかわらず欠損部位に痛みを感じるものだ。これは脳マップの感知領域(ペンフィードのホムンクルスの図)にまだ欠損部分の感覚野があり近くの神経活動と混同して痛みを誘発する。そしてこの幻肢痛、四肢が欠損しているにも関わらず患者は驚くほど鮮明な痛みを感じる。

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 興味深いのは治療法だ。代表的な治療法としてミラーボックスによる治療がある。これはボックスの中を鏡で仕切ってあり、両手を入れてあたかも両手があるように見える事で脳を騙す治療だ。(下図参照)

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 驚く事にこのミラーボックス療法で脳を騙す事により時折治癒するのだ!

 つまりこれは痛みを緩和させるための本当のターゲットは脳であり、身体ではないという驚くべき事例である。


 他にも先程のペンフィードのホムンクルスを利用した治療例もある。これは慢性疼痛を抱えた一人の患者に対して、あの図を用いて痛みが出ている感覚野を大きく描きそれが縮小するイメージをさせて痛みを減少させる治療法である。

 このように痛みは脳の思い込みにより実際の損傷が無くても痛みを感じる。ちなみに最たる物が異痛症(アロディニア)がある。本来なら痛みにならないような軽い刺激で痛みを発するものである。自分も一人治療した事があるが死ぬほど大変だった。まぁ頭の片隅にでも入れておいてくれ。


5、痛みは痛みを呼ぶ

 痛みは長期化するとさらに痛みを増してしまう。これは神経回路がどんどん太くなる事が原因だ。

 例えば自転車に乗る練習をしている子供。何度も何度も転びながら乗り方を覚えていく。この時脳では神経シナプスの結合がバンバン起きている。この神経の繋がりが徐々に太くなる事によって転ぶ事なく乗りこなす事ができるのだ。そして一度乗りこなすとほとんどの場合、乗り方を忘れることは無いだろう。

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神経回路が徐々に太くなる様子


 つまり、繰り返し同じ神経を使う事により神経回路はまるで草木が生い茂った道を何度も往復するかの如くどんどん太くなり簡単に発火しやすくなるのだ。


 これが痛みで起きた場合どうだろう。何ヶ月にも及ぶ繰り返しのダメージ信号が抹消から脳に伝わるとその回路はどんどん太くなり、わずかなダメージ信号でも痛みを感じるようになる。そしてその過敏になった神経回路は中々消えてくれない。なぜならあなたが自転車に乗れるから。これが慢性疼痛の原因にもなる。


6、痛みは物理的傷害に関わらず誘発される

 ”共につながっている神経は同時に活性する”この言葉を聞いた事がある人もいるかもしれない。有名な例え話がある。パブロの実験で愛犬にエサを与える前にベルを鳴らしてからエサを与え続けたところ、ベルの音だけでその犬はヨダレを垂らすようになった、という実験である。

 この現象で神経レベルで何が起こったかというと、ベルを聞くための神経とヨダレを出す神経が繋がり同時に活性したのである。なぜなら長い間その2つの神経は同時に発火していたから。

 痛みにもこれは言える。例えばあなたが仕事でデスクワークや重い荷物を持つ作業の繰り返しなどで腰痛になったとしよう。しばらくすると脳が腰痛と仕事を結びつけて仕事に行くだけや、仕事のことを考えただけで腰痛を引き起こしてしまうようになるだろう。仕事の不満やストレスは腰痛の元になり得るのだ。


 さらに怒りやうつ状態、不安など感情の状態も痛みの耐性を低下させる事も証明されている。これは信じ難いかも知れないが、研究では慢性腰痛は実際の肉体ダメージよりも感情や社会的要因(職場や家庭環境)が原因になっている証拠を様々な論文や知識人が証明している。

 長年地元を離れているにも関わらずその場所に戻るとあっという間に方言が戻って来てしまう人は多いだろう。痛みも同じで痛みに関連する社会的状況や、感覚、もしくは思考で呼び戻される事もあるのだ。お正月休みには忘れ去っていた痛みに帰って来たら戻っていた経験はないだろうか?


 僕は臨床で良くこんな事例を診る。年末の繁忙期が近づくと必ずギックリ腰になってしまう寿司職人。運動会、修学旅行、卒業式が近づくと痛みを抱える教師。部署移動が発表された翌日に腰を痛める人。1ヶ月の休暇が開ける3日前に首が動かなくなる人...etc

 いずれの症状も他の急性腰痛などと比較すると治り方に少し違和感を感じる。これは僕の感覚だがやけに治りが良かったり、もしくはあまり大きな変化をもたらす事ができなかったにも関わらず翌日以降急激に回復したりする。臨床経験を積めば大体どのくらいで治癒するか検討がつくがそれに当てはまらないケースがこの誘発された痛みなのではないかと考える。


7、まとめ

 身体がうまく機能している時、ダメージを受けた組織は数週間〜数ヶ月で治るべきだ。もしあなたが回復の為に万全を尽くしたとしても痛みが残るのは何故だろう?実際の組織的損傷がないにも関わらず痛みが長期化しているのであれば、それは身体そのものの痛みではなく痛みを処理するシステムエラーが原因かも知れません。もしあなたに慢性痛があったとしても実際には痛めていない可能性が少なくともある、と言う事だ。

 これは複雑な症状を抱える人にとっては希望になるリサーチである。この不安、ストレス、脅威、恐怖を軽減させる事が慢性腰痛を軽減させると言う事実を知る事でより多くの痛みから人々を救い出す事ができるかも知れない。


参考文献:Todd Hargrove (2015)『Seven Things You Should Know About Pain Science』