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旅をするということ

旅好きを自負していたはずの我が家、なんと4年ぶりの旅行でした。
コロナ禍が明けて以来、夫に何度も「そろそろどこかに行こうよ」と誘われるものの私自身がどうしてだか重たくなってしまった腰を上げることができず、ふふふと笑ってごまかしてきました。
今回は、大好きなアニメがUSJとコラボしているから絶対に行きたいのだという長男の望みを叶えてあげる為にはもう逃げられません。我が家にしては珍しい2泊3日の弾丸旅を決行することに。
それでも全然気乗りしなくてぐずぐずしてた私。笑っちゃうけど。
それが、飛行機を降りて電車から外を眺めてる時にパチンとスイッチが切り替わりました。あら不思議。

気がついたこと。私は平穏に淡々と連続する生活の流れをばつんと乱暴に断ち切って一時停止してしまうことをすごく恐れていたのだってこと。でもそのばつん、をすることで生活の中の澱のような小さなしこりのようなとにかく瑣末だけれどうっすら濁りをつくりだしているものものを手放したり流したり放り投げたりできるってこと。
思い出したこと。1日ひとつかふたつの目的地を決めてその周辺のことを調べてみたり、旅程を想像しながら必要なだけの予約を入れていったり、日常に戻った後の自分のためにひとつひとつタスクを潰していったり。帰ってきてすぐにスーツケースを開いて大量の洗濯物をやっつけることも、ほんとうはとてもとても好きなのだってこと。
そんな経緯を夫にしたら、彼にとってどんな旅も日常の延長だってことを知ってびっくり。そんな違いもおもしろい。

旅の終盤、末っ子次男に聞かれたこと。
ねえ世界のほんとうの色は何色?
そういうワクワクする問いを小脇に抱えてまだ見たことのない色を触りに行く。そんな旅がやっぱり私はとても好き。
そんなことも忘れちゃってたなんて、人生ってほんとたのしいな。
そして、こんなふうに子どもたちとぎゅっと密な時間を共にできるのは今だけだってことも忘れてた。あぶないあぶない。

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