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F#10 強く優しく美しく

初夏の風が私の頬を撫でる。
ここ鎌倉はどこに行っても海の匂いがする。いや、どこへ行こうとも、海の匂いがついてくると言ったほうが正確だ。

カフェから見える海にはまだ誰もいない。オレンジ色の空の下、海は大げさに波を作っては消す。波音に耳を澄ますと、たくさんの音が私の頭の中の隙間という隙間に押し寄せてきた。

圧倒されまいと波音を整理しているうちに、太陽が存在感を増してきた。海はそれまでの強さをひそめ、まるで自分の波と引き換えに、太陽に美しく照らされることを決めたかのように輝き始めた。

太陽の力はなんだか矛盾している。

強いのに優しいのだ。
唯一無二のくせに、まるで兄弟でもいるかのようにいつも私を照らす。

それは嘘偽りのない、まっすぐな強さと優しさ。
そして絶対的な安心をもたらす。

私はコーヒーの香りで脳をリセットした。
波音も潮風もなりをひそめる。

日曜の朝はなぜこんなに豊かなのか。

おいしいコーヒーを飲みたくて、こっそり家を抜け出した。隣では最愛の彼が静かに眠っていた。彼はコーヒーを飲まないから、これは裏切り行為にはならない。

愛車ーと言ってもパステルグリーンの自転車だが-に乗って、海の香りの方へ走り出す。波の中へとダイブでもするかのように。

コーヒーを待つ間、海と空と太陽にわんこと飼い主が3組、加わった。
なぜ海と大型犬はこんなにもしっくりくるのだ。
なぜフリスビーと大型犬はセットなのか。

そんな見たままの感想を心の中で言語化するうちに、朝の一杯がやってきた。

コーヒーを飲みながら、目の前の日曜劇場に感動する。観客は私一人。そのうち、今が今でカフェがカフェでなくなる。つまりそれは、私の意識が海の中に溶けていく瞬間だ。

私は海だ。
波を作り、波音を立ててみる。
泡のひとつひとつが愛おしい。 
太陽の光が私を見守り、美しく照らす。

「ねぇ、あなたのことをずっと知ってる。
いつも見てくれていた。
いつもそばにいてくれた。」

自分が訊いているのか、それとも訊かれているのかわからなくなる。

私は海に浮かびながら大粒の涙を流すけれど、その涙はすぐにまた私になる。

喜びの涙は温かい。

まだ遠距離恋愛をしていた時に、彼に伝えたことがあった。

「7歳の時、風邪で学校を休んだ時にずっとそばにいてくれたのはあなただったんだね。」と。何かが繋がった気がした。

いつもいつも太陽の光が私を包んでくれていた。辛い時も最高の時も一番近くにいてくれた。

Morning, babe.

強くて優しい彼の声が私を海からひょいとすくいあげる。

一筋の涙が私の頬を伝う。
温かい。

2025年7月10日。
今日も最高の1日になるだろう。

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