「僕は君が嫌いだ、でも君はそんな僕が好きなんだ」

 僕は君が嫌いだ、でも君はそんな僕が好きなんだ。どうして君は僕に構うの?こんなに僕は君にひどい事してるのに……。なんで?なんでよ、僕に構わないで。僕を好きだと言わないで、僕はもう人を愛したくないんだっ。だからお願い、僕のそばに来ないで。

――僕は君が嫌いだ。

 僕に初めて彼女が出来たのは高1の夏。相手はバイト先の5歳年の離れた先輩だ。初めは順調だった、幸せだった。でも……付き合って半年くらいからその感情は薄れていった。彼女に対してひどく執着した、嫉妬した、怒りを覚えた。彼女が異性と楽しく話してる、仕事のトレーニングをしてる。些細な事で僕は傷ついた。そして彼女に対してのイライラが募り、彼女の悪い所しか出てこなくなった。でも、それは彼女には言わない。嫌われたくない、別れたくないから。身勝手すぎるな僕は……。
「僕の事、嫌いになった?」
「そんな事一言も言ってないよ」
「僕の事、もう嫌になった?」
「嫌だったらこんな風にしてないでしょ」
 こんな会話ばかりするようになった。前みたいに楽しくない。いつからだろう、僕達の歯車が狂ったのは。狂わせてしまったのは間違いなく僕。別れたのも僕のせい……。
「ごめん、もうやめよう。僕、もうやだよ……」
「どうして?」
「つらいんだ、これ以上君に嫌われたくない。君の重荷になりたくないっ」
「私は嫌ってなんかない、重荷にも感じてない」
「もう嫌なんだ!!君が他の男と話してる姿見てるとイライラして、君を嫌いになってるんだ!」
「そんな事言われても……。じゃあ貴方はどうなの?」
「えっ……?」
 この時、僕は気づいた。いや、本当は前から気づいてた。気づきたくなかっただけでずっと知らないフリをしてたんだ。僕は嫉妬しない彼女を如何にか嫉妬させようと努力をした。僕の気持ちを彼女に分かって欲しくて。でもそれは僕の勘違いだった。彼女はちゃんと嫉妬していた、怒ってもいた。それを僕は心の何処かで感じていた筈なのに、自分だけが傷ついてると被害者ヅラしていたんだ。結局僕は自分を守りたかっただけなんだ。彼女を傷つけていたんだ。僕は子供すぎて、人を愛するのも初めてで、親に愛されて来なかった。だからなのかな、彼女に全てを求めてしまったのは。愛も安心感も幸福も悲しみも全て……。
「ごめん……」
「こんなんじゃお互い、幸せになれっこないよ……」
「そうだね……もう、終わりにしよう」
そして僕らは終わった……。それから僕らはただの先輩後輩に戻った。もう、彼女に触れる事も……キスする事も……抱きしめる事も……出来ないんだっ。彼女と別れて、どれくらいの時が経ったのだろう。僕はまるで生ける屍のように毎日を生きている。
「大丈夫……?」
「そう声をかけるってことは、僕が大丈夫じゃないって見えたことだろ?」「……正論、言われちゃった」
 元気のない僕に声をかけてくれた同じクラスの女の子。彼女を失った僕は立ち直る事が出来ずに未練タラタラで彼女のことを引きずっている。そんなかっこ悪い僕に話しかけるなんてもの好きな子だ。
「おはよう」
「ん」
「うん……」
 今日もあの子は僕に話しかける。僕はもう人との関わりを断ち切った。だから必要な会話以外は全てしていない。バイトも辞めた。
「ねぇ一緒に帰ろうよ」
 はあ……また話しかけるの?君も飽きないね。
「いいよ」
 僕がそう言うと君は、効果音がつくぐらいに今の僕には眩しすぎる笑顔になったんだ。帰り道は二人とも無言。聞こえるのは歩く靴の音、風の音、車の音、野良猫の声、人の声、学校のチャイム。黙っているせいか色んな音が聞こえる。
「どうして僕に話しかけるの?」
「どうしてって話しかけたいから。じゃダメかな?」
「はあ……君は幸せ者だね」
「あなたは幸せじゃないの?」
 その一言で僕は足を止めた。そして、彼女と過ごした日々が頭の中を駆け巡る。 僕にとって初めての彼女。僕が初めて心から愛した人。それ故に彼女に求め過ぎてしまった。
「もう、僕に関わらないで。僕はもう人と関わりたくないんだ」
「逃げるの?」
 君のその一言が、僕の胸にどれくらい突き刺さったのか分かる?まぁ分かって欲しくも無いけどさ。
「そうだよ、逃げるんだ。僕は彼女からも逃げたんだ。僕は自分の事ばっかりで、彼女の事をっ何もっ、考えなかったっ……。僕はまだ子供で、何も分かってなかったんだ……」
 しばらくの沈黙が続く。道を歩く人達の視線を感じて僕は、君から逃げた。君は僕を追いかけては来なかった。きっと、僕は君を傷付けたよね。僕が逃げる前に見た君は、泣きそうにしていたんだから。 家に帰って来た僕は、自室に閉じこもった。何をする気も起きなくてただただ、ベッドに体を預けていた。
「はあ……」
 さっきからため息しか出てこない。頭も痛い、吐き気もする。もう、ダメだ……。
「……っ」
 最悪すぎて涙が出てくる。つらい、どうすれば良い?誰か助けてっ……。誰か僕を抱き締めてっ、愛してっ、愛してよっ!!
「助けてっ……」
 なんで僕はこんな風になってしまったんだろう。前はこんなんじゃなかった。高校に入ってから初めての事が多過ぎて、混乱しているのかもしれない。そうだ、きっとそうだ。混乱しているんだ。僕はもう……一生誰も愛さない。
「どうして僕は、こんな性格なんだろう……。一人になると色んな事、考えちゃうな」
 今考えると彼女は、僕を愛してくれていただろう。でも僕はそれを無視したんだ。自分に自信がなさ過ぎて彼女の事を信用しきれていなかったんだ。それに年の差もあったせいか、彼女との会話が進まない時もあって僕はとても苦しかった。僕といても彼女は楽しくないんじゃないかって。そうやって悪い方向ばっかり考えて自己嫌悪に陥って、それが別れる原因にもなった。
「最低だ、僕なんて……。死にたいな……」
 なんだ、簡単な事じゃないか。こんな僕なんて必要ないじゃないか。苦しくなるくらいなら、早く楽になった方がマシじゃないか。そう思い立ったが即行動に移すのが僕だ。リビングには誰もいない、邪魔されずに死ねる。
「よし」
 僕は包丁を自分の手首に押し当てる。
「……っ!」

カチャン――

 包丁が無機質な音を立てて、床に落ちる。
「はあはあ……」
 やっぱ怖いな、まだ死にたくない。死ぬって怖いな。
「僕って弱い……」
僕の呟きは誰にも届く事なく消えた。

 次の日も、その次の日も。僕は一歩も外に出なかった。親も学校も友達も、何も言ってこないから僕の自由にさせてもらう。僕は完全に廃人へと変わっていた。僕の家族もみんな狂ってるからな。父親は生まれた時からいなくて母親もずっと男遊びばっかり。毎日毎日、男のとこばっかり……。嫌な事を思い出していたら不意に、チャイムが鳴った。誰だ?僕がドアを開けると、そこには君がいた。
「良かった、生きてた……」
「いや、勝手に殺さないで?」
「ごめん」
 そういって君は笑った、つられて僕も笑った。
「ひどいな、君は」
「だって、学校にも来ないし……」
そう言って君は、視線を落としたね。
「僕がいなくても、どうってことないだろ。誰も僕になんか興味ないんだから」
「私は興味あるけどな」
「あっそ」
「変わったね、初めて会った時はもっと優しくて真面目で気さくな感じがしてたのに」
「それは君の思い違いだ。あれはただの演技、人に嫌われない為のね。……立ち話も疲れるし、中に入る?」
「うん」
 そして僕は君を家に招いた。なんで、なんで僕は君を誘ったんだろう。まあいいや、興味ない。
「……」
 する事がない……、気まずい……。君も黙ってるし、僕はそもそも話す事がない。
「あのさ、君……警戒心ゼロ?」
「え?」
 ずっと抱いていた疑問をぶつけたら、君はキョトンとしてるし……。
「男が家に誘うなんて、そんなの下心丸出しじゃないか」
「そうなの?」
 え?高校生だがらそれくらい分かろ?
「そうだよ」
「貴方になら、良いよ……」
 この言葉で、僕の中で何かが切れた。
「その言葉、後悔させてやる」

ドサッ―― 

 僕は君をソファに押し倒し、君の動きを封じた。
「え?」
 君は怯えた目で僕を見つめた。そんな君を僕は冷めた目で見つめる。
「どう?怖い?」
 僕がそう聞くと、君は横に首を振った。
「嘘つき。こんなに震えているのに、怖くないわけないでしょ」
「大丈夫……」
 そう言った君はとても小さく見えた。ほんとに、すごく小さく。
「ふーん」
 僕は指で君の耳を軽くなぞり、その指を首筋に這わせた。君は軽く身体を震わせ小さな声を上げた。僕はなぞるだけの動きをひたすらに繰り返した。なぞる場所によって君は身体を捩り、切なそうに声を上げる。
「やめる?」
 僕の問いかけに君は小さく頷いた。僕は素直に君の意見を受け入れ、大人しく身を引いた。君の拘束を解いて自由にした。
「ごめん」
 とりあえず謝った。君は「大丈夫」と答えた。
「僕の事、嫌いになっただろ?」
「そんな事ないよ」
 なんで君はそうなのっ、なんでそんな事ばっかり言うのっ!?
「なんでよっ!僕はこんな最低な事してるのに、なんで君は優しいんだ!どうして僕を嫌いにならないの!?」
 僕は我慢出来なくなって、君にイライラをぶつけてしまった。最低だね、ほんと。
「だって、苦しそうだから。私はあなたを助けたいのっ!」
 君の悲痛な叫びは僕の胸に突き刺さる。
「嘘だっ、君はそう言って自分を良い人だと正当化したいだけなんだろ!?女なんてそんなものなんだ!!!僕はもう、一生誰も愛さない!そう決めたんだっ、もう誰も好きになりたくない。誰とも愛し合いたくない……」
 僕は初めての恋愛で浮かれていた。恋がこんなに苦しいなんて思わなかった。そして僕が何をしたかったのかも。僕は彼女に対して最低な事をしてしまった。人間として、男として、彼氏として。絶対にしてはいけない事をしてしまった。それに対して彼女も怒ってた。そして別れる原因にもなった。僕は自分で手に入れた幸せを自分で放棄した。自分で壊した。「寂しかった」「甘えたかった」そんな言葉で許される問題じゃない。彼女は怒り、酷く傷ついていた。僕は彼女に甘えすぎてた。本当に最低だ、死んだ方がマシだ。でも死ねないから、僕は誓ったんだ。「もう誰も愛さない」って。そうすれば誰も傷つくこともなく、みんな幸せのまま終われる。誰も傷つかない、僕も傷つかない。それで、それで良いんだ。僕はもう、人を傷つけたくないんだ。
「私にはあなたを……救えないんだね」
「ああ、もう誰も僕を救えない。帰ってくれ、もう……来るな」
「ごめんね……」
 どうして君が謝るんだよ、君はこんな僕にすごく優しくしてくれた。僕に手を差し伸べてくれた。それを僕は無視して、その優しさが僕には怖くて、逃げたんだ。
「ほんとに、ごめん……」
 僕から出た最後の言葉。それ以上、僕が何かを言うことはなかった。
「愛してるよ」
君はそう言って、家を出た。どうせなら彼女に言って欲しかった言葉を君が言ってくれた。ありがとう、こんな僕を好きになってくれて。愛してくれて、ありがとうっ……。僕の目からは涙が止めどなく溢れた。

深夜2時。僕が一番好きな時間に僕は橋の上に立っていた。夜風が僕の肌をくすぐる。気持ちいいな……。死ぬのが怖いなら、だれかに殺してもらおうとしたけどやっぱり一人で死にたかった。ここならだれにも邪魔されないしひと思いに死ねる。それにこの高さから、落ちれば下は石だらけだからすぐ死ねるだろう。
「さよなら、愛してたよ……。また、会えたら、今度は間違わないよっ」
こんな未練タラタラでごめん。僕を好きになってくれてありがとう、そして、ごめん。言いたいこと全て言い終えた僕は無心で飛び降りた。不思議と恐怖はなかった。

――ガンッ

 鈍い音が渓谷に響く。あはは、やっぱ即死は無理だったか……。痛い、すごく痛い。胸の痛みに比べたら全然だけどね。
「月が……綺麗だな……」
真っ白な月は段々と、真っ赤に染まっていく。赤い月も悪くないね。‐fin‐

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