魚眼レンズ② JimHall 【金曜日記事】

最近読んだ本がないので俳句をつくりながらジャズの話をします。
幼少期に母親に聞かされたディズニーのジャズアレンジのCDがきっかけで、ジャズを聞くと心躍るように育ちました。小学生からはじめた楽器はかっこいいロックバンドの影響でしたが、高校を卒業するころにはソウルやファンク特有の同じフレーズがエンドレスする快感に酔って、そこからスティービー・ワンダー、グローヴァー・ワシントン・ジュニア、ボビー・コールドウェル、ジョージ・ベンソンと聞き漁りました。……このように並べて書いてみると入門としては難しすぎず良質な出会いだったと思います。句会の二次会でジャズの話になると、普段ほとんどジャズを聞かない人から「ジャズ好きなの羨ましい」と言われることがありますが、ときたま図々しくも本当にそうなんですと思ってしまいます。レコードの広大な海に漕ぎ出したばかりで浅学の僕でも、ジャズというジャンルはその聞き始めにどのアルバムに出会うかが最も重要だとわかります。僕はこれに成功しました。ジャズが苦しい、ジャズが面白くないという人は大抵、とんでもなく有名で、かつ難解な、たとえばマイルス・デイビスとかジョン・コルトレーンのようなジャズを聞いているのです。聞いてみたはいいものの、なんだか有名な割には面白くないじゃないか、と挫折した方は結構多いんじゃないかと思っています。ということで、ジャズに興味があり好きになりたいが、ちょっとハードルが高いという人に向けて記事を書いてみようと思います。もちろん俳句をよみつつ。
(わたしはジョン・コルトレーンから入ってジャズが好きですけど? というあなたはご笑読いただければ幸いです。)
ジャズを聞くとき、誰がなにをしているのかわからないという問題があると思います。ソロアルバムであれば一つの楽器しか聞こえませんが、トリオやクインテットではたくさんの楽器が入り乱れて聞き取りが難しいです。まずこれを整理したいと思います。

春眠やコルトレーンに青き影
畑打ちのラヂオにモダンジャズ流る

ジャズは即興の音楽と言われていますが、一曲すべてが完全に即興というわけではありません。たとえば「枯葉」という曲にはあの有名な「てっててーれれってー」というサビがあります。このように決められたフレーズをジャズの世界では「テーマ」といいます。
極端な例で説明します。ベース、ギター、ピアノのトリオで枯葉を演奏する場合。まずはギタリストがコード(音の塊)を枯葉において決められた順番に弾いていきます。イメージは「じゃーんじゃーん」です。またベーシストもコードの軸となる音を中心に「ぼーんぼーん」と低音を鳴らします。これで伴奏の完成です。そしてピアノの前に座ったあなたが例の「てっててーれれってー」を弾きます。これでテーマ演奏が完成しました。テーマをすべて弾き終わったらあなたはそのまま流れるようにコードを弾き始めます。そしてギタリストに目配せしてください。するとギタリストは水をえた魚のように縦横無尽にギターを弾き始めます。これがアドリブソロ(即興)です。あなたはソリストを引き立てるためコードをたまに変えたりしながら自由に音の上で遊んでください。これを「インタープレイ」(ほかのプレイヤーに呼応して伴奏を変化させること)といいます。ソロはベーシストにバトンタッチされます。ベースの低音が心地よく響きます。しばらく落ち着いたところでベースが急に音量をあげました、バンドにどんどんフラストレーションがたまっていきます。そしてついにベーシストがあなたに目配せしました。あなたのソロです。あなたはすべてのフラストレーションを解放させるように鍵盤に指を叩きつけてください。音が外れても全く問題ないです。観客も演者もあなたのパッションを楽しみにしています。そして盛り上がりが最高潮に達した時、あなたはまたあのフレーズを弾きます。最後は火照った身体を冷ますような、心地よい疲労感のあるテーマです。ほとんどのジャズの楽曲はこのような構造(テーマ→ソロ→テーマ)で演奏されています。そして曲全体のコードの流れも基本は決まっています。ただ、どう演奏するかはその時々で決めていきます。よってジャズは即興の音楽と呼ばれています。これがわかるといまどの楽器が何をしているか考えながら聞くことができるのではないでしょうか。

目配せにソロいれかはる日永かな
春雨やテーマにもどるピアニスト

世界で最も有名な「枯葉(Autumn Leaves)」は『portrait in jazz』のビル・エヴァンストリオの演奏でしょう。これはあまりにも有名すぎてわざわざ紹介するということでもない(聞いたことがない人は絶対に聞くべきです)ので、今回はジャズギターの巨匠、ジム・ホールの「枯葉(Autumn Leaves)」をおすすめします。これまた偉大なジャズベーシストであるロン・カーターを迎えたデュエット作『Alone Together』に収録された「枯葉」は、音楽の境地にまで達した二人の歓談といえます。『AT』は多くのジャズファンに愛されるレコードですが、全楽曲始終ジムホールの「インタープレイ」が光ります。ジムホールは相手の演奏をよく聞く、デュエットを得意とするミュージシャンでもありました。

ジム・ホールの「インタープレイ」が卓越して魅力的な一曲といえば、僕が最も愛するレコードであるジム・ホール&ビル・エヴァンスの『undercurrent』(アンダーカレント)から「my funny valentine」という楽曲。こちらも弦楽器同士のデュエットですが、ロン・カーターとはまた違った繊細さがあります。

ジャズスタンダードの名曲であるメロウでスローテンポのmy funny valentineをアップテンポでクールに仕上げています。ビルエヴァンスの天才的なプレイに注目しがちですが、あえてここでジムホールの伴奏をじっくり聞いてみてください。完璧なテンポ感と抜群のコードセンスで、指揮はジムホールが握っていることがわかるでしょう。これが「インタープレイ」です。特に中盤、ベースラインとコードを一緒にかき鳴らすギタープレイに、スイング(跳ねた)したピアノが縦横無尽にキラーフレーズを弾きまくるところは心が震えるはずです。しかし、ただのアップテンポで爽快なだけではありません、どこか寂しく憂鬱な印象もあります。豪快な演奏の裏にはものすごく繊細で緻密な音のネットワークがあります。あとコンマ一秒ずれていたら、この音が一瞬遅かったら、そう考えただけでぞっとしてしまうほどの緊張感があるのです。儚く美しい、まさに抒情詩のような楽曲です。

初雷はジャズの和音となりにけり
ジムホールのソロに和音や水温む
ヴァイナルの歪みバレンタインの日
弾き癖にジャズのこころや春の風

たしかにジャズは難解な音楽といわれます。そして僕自身まだ何もつかめていないと思えるほど広大なジャンルでもあります。ただ、その分、点と点がつながった時の感動はひとしおです。ただ、網羅する必要はなく、それは俳句でもおなじことが言えますが、好きなものを見つけることが大切なのかなと思います。もちろんジャズじゃなくてもいいのですが、苦手なままは勿体ないです。ジャズ俳句もつくれるし。

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