遅咲きの桜
「どうして、僕だけ咲かないんだろう」
お昼休み、周りを見ながらため息をつく。
大学を卒業して、今の会社に入って5年。同期たちは色とりどりの花を咲かせたスーツを着ている。
最初はみんな、黒っぽくて地味だったのに。
黄色が鮮やかな菜の花のスーツ。真っ赤で目を引くチューリップのスーツ。
なのに、僕のスーツは芽が出る気配もない。
なぜ芽が出ないのか。
そういえば、小学校の理科で「発芽の3条件」を習ったな。調べてみると「水・空気・適当な温度」とある。
まずは「水」。
その環境になじむことを「水が合う」という。
今の会社で、僕は営業部に配属された。
昔から引っ込み思案で、人前で話すのが苦手だった。周りの同僚は、口から先に生まれてきたような奴が多い。
水が合っているとは言い難いなぁ。
そして「空気」。
さんざん営業部を悪く言ってしまったが、部内の雰囲気は悪くない。
ただ、部長がバリバリの体育会系。あいさつの声が小さいと「もう一回!」と言われたりする。
これも関係あるかもしれない。
最後に「適当な温度」。
うちの部のベテラン女性社員と、エアコンの温度でよくもめる。外から帰ってきて、暑くて設定温度を下げると「寒い!」とにらまれる。先輩には逆らえない。
ちょっとこじつけ過ぎかも。
「発芽の3条件」を満たしていないのが原因ならば、できることは何だろう。やっぱり環境を変えることか。
1週間悩んで、僕は人事部長の元を訪れた。
「今の部署は、向いてない気がします」
じっくりと僕の話を聞いた後に、人事部長は口を開いた。
「君ぐらいの歳の社員は、よく言うね」
よくあることで、終わってしまうのか。
「試しに、物流部に行ってみないか。人が足りていないんだ」
力仕事が多くて、「キツイ」と噂されている部だ。
「3ヶ月で合わないと思ったら、戻ってきていい」
あまり気乗りしなかったが、今の部署でうまく行くとも思えない。僕は承諾した。
物流部の倉庫に顔を出すと、いきなり声をかけられた。
「新入りか。スーツなんかじゃ仕事にならんよ。そこの作業服に着替えて!」
覚悟はしていたけど、なかなか力仕事のようだ。
教育係の先輩はぶっきらぼうだったけど、丁寧に仕事を教えてくれた。
荷物の上げ下ろしを手伝って、汗だくになることも多い。身体が筋肉痛になることもしょっちゅうだ。
でも、意外と居心地がいい。
仕事で話すことが少ないので、自分の口下手は気にならない。困った時は、周りの人たちも黙って助けてくれる。
自分の適性って分からないものだなぁ。
気がつけば、3月の初めになっていた。
ここに配属されたのが、今年の1月。そろそろ人事部に返事をする時期だ。
人事部の待合室の鏡で、自分の姿を見ていた。気のせいだろうか、作業服がうっすらとピンク色に見える。
僕は人事部長に深々とあいさつをした。
「作業着にピンクのつぼみがついてるぞ」
あれだけ、スーツが咲かないと悩んでいたのに。この時期のピンクの花といえば、桜?
「今の部署で、よくやっているようだな」
つぼみが膨らみ、開花はもうすぐ。
今年は、作業着の桜でお花見だ。