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【映画紹介#2 ネタバレ有】アピチャートポン・ウィーラセータクン「MEMORIA メモリア」 多面的な「音」の追求、「進化」の教唆

現在上映されている「MEMORIA メモリア」の凄みについて語る記事です。

■概要

この映画は第74回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、審査員賞を受賞した作品です。
そして、2021年東京国際映画祭で本作が上映されることになりました。

この映画は自分の中でも思い入れが深い作品の一つで、
・東京国際映画祭でチケットを取るのに一番苦戦したこと
・見終わった後の「分かんないけど引き込まれて面白い」という意味不明な感情を抱いたこと
・名古屋で見た時に「見れば見るほど味が出る」スルメのような魅力があるを抱いた特別な映画です。

色々な映画を見ると1本1本の記憶で塗り替えられて印象が奥に隠れてしまう…ということで、この映画は結構自分なりに深堀しました。

最近だとche bunbun氏(@routemopsy)の「『 #MEMORIA メモリア』ネタバレあり感想会」にも参加しました。

それなりに話をしましたが、このスペースで受け取ったお話や様々な映画を交えた魅力を言語化して、次の映画への感傷に浸ろうと思います。


■総括「"音"の可能性を追求した"もつれ"の映画」

あらすじ

地球の核が震えるような、不穏な【音】が頭の中で轟く―。とある明け方、その【音】に襲われて以来、ジェシカは不眠症を患うようになる。妹を見舞った病院で知り合った考古学者アグネスを訪ね、人骨の発掘現場を訪れたジェシカは、やがて小さな村に行きつく。川沿いで魚の鱗取りをしているエルナンという男に出会い、彼と記憶について語り合ううちに、ジェシカは今までにない感覚に襲われる。

https://ttcg.jp/human_yurakucho/movie/0829700.html

東京国際映画祭で鑑賞した当時のファーストインプレッションは「"音"を使った実験映画」という印象を抱いていました。
個人的には「"音"に対してどれだけ意味を与えられ、どれだけ表現を共有できるか?」に挑戦した作品で、その中で行われるコミュニケーションに強い想いが封じ込められた作品に感じました。

音は物理学で言うと①音波の周波数、②音波の振幅、③音波の波形 で構成される。音は測定器で波形は読み取れても、実際には目には見えない。
それに抗うかのように本作では細菌・ウイルスの疫学調査、人骨の発掘調査で一見すると見えないものも調査すれば現象を追うことができるシーンが見える。
ここに本作の「音」の多面的な特性へ挑戦したような意味合いを感じます。

更に公式パンフレットのインタビューによると監督は本作を「個人と集団の両方の記憶のもつれを提示している」と述べている。
個人的には「もつれ」には
・「音」に対する人々の印象が異なる
・「音」が混じると「音楽」として印象が変わる
・「音」には記憶が介在され、コミュニケーションを通じて意味を紐解く

という多義的なものが存在すると思う。

ここからは特に面白いと思った部分を説明していく。

■見どころ1「音には様々な視点が存在する」

この映画は「爆発音」の行方を追う映画であるが、「音」に対するイメージを受け取り方が人それぞれであることを表明する映画なのが本作の魅力の一つであると思う。

アピチャッポン監督はパンフレットでスペイン語と英語の2言語にしたことに対して「スペイン語は音のように捉えている」という記述が存在する。

一方で、スペイン語を話すティルダやその他キャストは音ではなく「コミュニケーション」ツールとして使っている。
本作には音という物質がその人の背景や知識量で視点が変わる事を大いに表現していて興味深いです。

ピアノの演奏音やDAOコンの打鍵音が人によっては「心地よい音やASMR」と感じる一方で、やったことなくてイライラしてる人は「騒音」と捉える。
これと同じ事象を伝える映画が「MEMORIA メモリア」だと思う。


■見どころ2「音には背景(波動)が存在し、紐解く事で意味が見える」

「音」を題材にした映画で興味深いのは、物理学的に物質な音を探ると意味が見えるプロセスを見せて体験を促していること。

例えるならば↓これ

この映画では「爆発音」の正体を探るために、音作り(作曲)・診療(医学)・対話(コミュニケーション)で深堀する。
それ以外にもトンネルから発掘された人骨から性別・外傷を紐解く。
そうすることで意味や結果を求めることができる。
また本作は複数の音がまとまることで「音楽」として形成するシーンをジャズのセッションで示すシーンがある。
そういったところを踏まえると物質である「音」の行方を追って真実に到達したり、意味のない音が集まると音楽として意味を持つ、のは
①「音」に対する実験要素
②言語の本質(意味合い)
③物質の音がどのように意味を宿すか?

を同時にもった作品で、そこが興味深いです。

パンフレットでは「スペイン語が音のように聞こえる」的な表現があったけど、訳すことで意味が見える事は上記コミュニケーションの一環だと思う。


■見どころ3「より現実的な"傾聴"を促す進化の物語」

これはche bunbun氏のスペースを聞いて感激した内容であるが、この映画の骨格がスタンリー・キューブリック「2001年 宇宙の旅」に似ている。

一方で、本作は聴覚を刺激する演出によりこのようなお裾分けを行っているといえる。これによりジェシカは地球の果てで、新しい道具“波動”を習得した瞬間を我々も追体験することができる。

つまり、『MEMORIA メモリア』はアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が考える“2021年宇宙の旅”だったのだ。

https://cinema.ne.jp/article/detail/49168?page=3

実際、MEMORIAには幾何学的なシークエンスが存在する。
東京国際映画祭でのファーストインプレッションではそれを「ソリッドな画作り」と評していたが、このシークエンスに「2001年 宇宙の旅」のモノリス的な存在がいる…と捉えると合点がいく。

「2001年 宇宙の旅」より
「MEMORIA メモリア」より

che bunbun氏の考察記事・スペースを聴いて、この映画を思い浮かべて、この映画が観客に何を教示しているか?を考えると
個人的には「傾聴を促すコミュニケーションの映画」だと思う。

「音」を追求する中で奥深くに眠る真実を掘り起こしたり、バラバラだった「音」がセッションプレーで「音楽」として成立する。
そしてセッションプレーを見たティルダはガラス張りの「モノリス」的空間を覗いて「進化」を促すようなシークエンスが存在する。
そこからティルダは人間・物質に触れる事で波動を受け取って、それらの背景や出来事を再生する能力を得る…というのが「MEMORIA メモリア」である。

映画だと大袈裟に映してはいるけど、その姿勢や仕草を通じて「目に見えない音にも背景や問題が見える」姿を神秘的に映している。

これは劇中の顕微鏡を除くとウイルスが見える、見えない場所で聞こえる音も近くで見ると楽器の正体を知る、楽器で鳴らす複数の音がセッションプレーを通じて曲になる…こういった何気ない現象には「時間をかけて理解する」行動が存在し、「傾聴」に近いものを感じさせる。
つまり本作は「爆発音」を追求して「傾聴」に近い「現象の深堀」をして、「傾聴」及び「傾聴を超越した記憶を読み解く進化」に魅力と神秘を持たせていると感じました。

スタンリー・キューブリック「2001年 宇宙の旅」はモノリスを通じて類人猿から人間に…更に人間から新人類「スターチャイルド」に進化する映画である。そこには宇宙の神秘と説得力を持たせた抽象的かつトリップな映像美が存在する。

視覚的に分かりやすい・特殊(超人)的な「2001年 宇宙の旅」と対照的な位置にいるのが視覚的に分かりづらい・普遍的な「MEMORIA メモリア」なのだろう。
様々な切り口を持ち、「音」という様々な意味や視点を持つ存在を深堀していき普遍性と神秘的「2001年 宇宙の旅」的な「進化」を現出したのがカンヌ審査員賞を受賞した所以だと感じました。


この映画に出会えて良かったです。まだ見た事ない人も既に見た人も、この記事を見て少しでも共感してもらえると幸いです。





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