ドラクエと救世主


ドラクエをせっせとやっていると、ある妄想がよぎる。

「イエス」様ワタシ達が欲しかったのは、
こういうヒーローなんです。
と当時訴えたかった魂が作って広めたという妄想だ。

私が通った高校は週に1度特別授業があり、
教科書にとらわれない哲学や倫理を教えてくれていた。

今思えばちょっと偏っている知識な上、
検証もしてないうろ覚え知識だが、
当時の私は、
「キリストはユダヤ人を失望させたから処刑された」
と教えられた。

預言され、民衆が渇望していた救世主が、
圧政から救ってくれるわけでもなく、
新しい土地を指し示してくれるわけでもなく、
現世利益にはならない「愛」を語りだしたことが
ユダヤ人は、どうしても許せなかった。

現代とは違う常識の中で生きていた人々には、
本当に奇妙な考えに見えたに違いない。

「そういうのええねん。
そういうのが欲しかったんじゃないんよ」

と当時叫んだ人々は、後の歴史で悪役にされてしまう。

キリストを処刑したことで、ユダヤ人への差別を深め、
ナチのユダヤ人虐殺につながっていくことに
歴史小説を読んで知った。

「ユダヤ人が聖書の時代から差別をうけていた」
という事実は日本人である私にはとても衝撃だった。

それほど虐げられてきた
「ヒーローが欲しかった」という素朴な思いが、
歴史によって魂に蓄積され
エンターテイメントとして現代によみがえっているとしたら…
とても壮大なドラマを感じずにはいられないのだ。

「ワタシ達が熱望していたのは、こういうことなんだ」
というかつての叫び感じながら、
今日も私はドラクエに出発する。


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