見出し画像

休職について

 朝の仕事を終えて自分の席に戻ってきて机に突っ伏した。「ああ、もう無理だ」と思った。理屈でなくそう思った。思いたかった?今となっては分からない。しかしいつもなら、朝一番の仕事をしたら、スイッチが入って、その日は一日なんとかなる。しかし様子が違った。もう動けない。そのまま管理職のところに行って、今日は帰ります。と言った。明日からもしばらく休むという話もした。なぜそんなにスムーズに話が進んだのか。そうだ、忘れていた。それ以前に、一度面談していた。しんどいことはないか、辛くないか、管理職に聞かれたのだ。なぜそんなことを聞かれたかというと、同僚の一人が僕を心配して管理職に相談してくれていたからだ。なぜ同僚の一人が僕を心配してくれていたかというと、この日の、2ヶ月くらい前に、僕が原因不明の頭痛で一週間以上仕事を休んだからだ。そうか、僕はとっくに限界だったのかもしれない。
 僕は2021年4月から現在(2022年1月26日)に至るまで、仕事を休んでいる。そして来週の月曜から現場に少しずつ復帰することが決まった。約10ヶ月何もせずに休んでいたことになる。その間、何をしていたか、どんなことを考えていたか、ということを残しておこうと思う。
 最初に書いたのは2021年の3月上旬の出来事である。この日から、有給やら病休やらを使ってほとんど丸1ヶ月休んだ後、4月から正式に休職に入った。
 休職するにあたって、病院で診断書をもらう必要があった。3月に休み始めてから通っている心療内科で書いてもらった。ああ、ほんとに、書いてもらったという感じだ。なぜなら僕はその時点で病気と言えるほどの状態ではなかったからだ。仕事ができないというだけだった。それに当たる病名はあるのだろうか。よく分からない。今まで何度も耳にしたことがある精神的な病いが、僕の病名になった。しかし僕は、その病気ではない。なりそうで、それが怖かったから、直前で逃げたというのが、実情だ。
 今思えば、いやそう思いたいだけかもしれないが、その逃げるという判断は間違っていなかった。これもまた何度も目にしたが、「人の心は一度壊れると二度と元には戻らない」という言葉がある。だから僕は壊れる前に逃げなければならないと思った。僕はこのままだと壊れる自信があった。
 たぶん仕事から離れれば、なんとかなる、というのは、既に思考がうまくできないぼんやりした頭だったが、考えていた。そこには打算も働いていたかもしれない。休めるじゃん。やったー。という。その余裕があるので、「ああ、僕はまだ正気だ」と思っていた。まだ病気でない。まだ本当に病気でないのに、休んでもいいものか?とも考えていた。本当の本当に無理をすれば、まだなんとか動けるな、働けるな、というのはあった。拳銃を突きつけられて脅されれば。しかしそれは「働ける」なのか。よく分からなかった。
 結局僕が休職したのは、周りの後押しも大きかったと言える。まずは同棲している恋人。彼女は最初から、とにかく休んだほうがいい、と言っていた。休めるうちに休んでおかなければならない。休んでくれたら、私のご飯も作ってもらえるし、とも言っていた。
 家族も反対しなかった。思わぬ事実も知ることになった。母もずっと昔、同じような状態になったことがあるらしい。そういえば、僕が小さい頃、何ヶ月か母が家に帰ってこないことがあった。手術をして入院している、と聞かされていた。あの時期は寂しかった。覚えている。僕は祖父母の家にいた。ある夜中に、目が覚めて、寂しかったというのが記憶にある。僕は何歳だったろうか。
 そんなこんなで僕は休み始めた。病院や職場と相談して、一年後の4月の復帰を目指すことになった。
 僕は膨大な時間を手にすることになった。こんなことは、今までなかった。学校に行きもせず、働きもしないなんて、ほとんど赤ん坊の頃以来なんじゃないか。
 この時間を使って何をするかというと、それは「休む」ということだ。
 しかし、「さあ休みなさい」と言われてもどうすればいいのか分からない。これは難しかった。休みというのは、働いているからあるのだ。普段ある仕事が今日はないということが、休みだ。「仕事」がなければ、「休み」もないのだ。
 だからすぐに、「休み」は休みでなくなった。ただの日々になった。これは難しかった。ある意味で恐ろしかった。
 ところで、休み始めてすぐに僕は元気になった。やっぱり、だった。職場にいるのがどうしようもなく無理だったのだ。職場に行かなくなれば、回復するのは当然である。こんな簡単に良くなるからには、僕は病気ではない、という思いを新たにした。
 元気な状態でただの日々を過ごすのは、結構難しかった。なぜなら、元気なので、なんでもできるのだが、やることがないのだ。
 いや、ある。まずは家事があった。洗濯、掃除、料理。これらはだいたいが僕の仕事になった。しかし、子どももいない二人暮らしなので、量はたかが知れている。あっという間に終わる。
 しかしそれでもやることはある。まずは読書。僕の家にはたくさん本がある。それは僕が買ったからだ。そして、まだ読んでいない本もたくさんある。だからそれらを読んでいれば、時間なんていくらあっても足りないはずなのだ。
 というのは理屈であって、実際はそんなにうまくいかなかった。僕には集中力がなく、本を読むのにもすぐ飽きてしまうのだ。
 僕に集中力がないのは、いつものことだ。たっぷり時間がありますよ、いくらでも本を読んでいいですよ、と言われたところで、読めない。僕が一番読めるのは、病院の待合とか、待ち合わせで人を待っている時とか、出かけるまであと30分時間が余ったなあ、とかいう時だ。ある程度の、時間の区切りがあった方がよく読める。
 そしてもう一つ大事なことは、仕事もせずに、平日の昼間から、家で一人で本を読んでいると、なんだか得体の知れないでかい塊が頭に降りてきて、気分が激烈に落ち込むのだ。家に一人でいると、僕の存在が異常に膨らんでしまう。濃すぎる。自分一人で、ずっといるなんて!存在はもっと薄くあるべきなのだ、と思えてくる。これは危険だ。これは不健全だ。
 だから結局読書も続かない。毎日何時間も本を読むなんて、少なくとも僕には無理だった。
 休みがずっとあることで、ストレスはない。とても平和だった。しかしその平和であるということが、自分を苛む。自分のことを考えてしまう。お前、何やってんだ。これからどうするんだ。あの時あーだったよな、この時こーだったよな、ろくでもないことやったよなあ。なんのために生きているんだ。心臓の音がなっているな。止まるまでに何かすることあるのか。
 いろんなことを試した。毎日散歩をしよう、とか、一日一つ目標を作って、それを達成したらオッケー、とか、カフェに行ってみよう、とか。しかし、とにかく日々は長いのだ。めちゃくちゃ長かった。勝てない。こりゃたまらん。相手は時間だ。時間が長すぎて、勝てないなんてのは、あまりない。
 それなら職場に復帰すればいいじゃないですか、というのは自分でも思っていた。これなら働いていたほうがマシなのではないか。休み始めて3ヶ月経った時、本気で「もう復帰します」と言おうか悩んだ。恋人にも相談した。「休めるうちに、休んでいたほうがいい」と言われた。そうか。
 そうかもしれない。何から何まで初めてなので僕も分からないが、結局「あーちきしょう、仕事できない、辛い休みます」というのと、「あーちきしょう、休んでられない、辛い働きます」というのは、別のことのようで、実は同じなのではないか。だから、今の状態で仕事を始めたところで、もう一方の「あーちきしょう」になるだけであって、根本的な解決にはならないのではないか、と思った。
 だから休むことにした。とにかく休む。時間を流す。それだけに集中せよ。「せっかくの長い休み。成長のチャンス!勉強アンド努力。レッツ有意義。新しい自分をゲットしようよ」なんてことは一切考えないように。それでは休みにならないのだ。あくまで僕の考えだが。
 昔、何をしていたかな、というのを考えた。小学生や中学生の頃は、時間がいくらあっても足りなかった。しかし別に習い事をしているわけでもなかった。俺は何をそんなにやっていたんだろう。
 ゲームだ。ヴィデオ・ゲーム。そこで僕は、恋人がニンテンドースイッチを持っていたこともあり、いろんなゲームを買い漁った。俺は大人なので、随意に好きなゲームを買える。誕生日やサンタ・クロースを待つ必要はないのだ。「ルイージ・マンション3」、「塊魂」、「風来のシレン5+」、「マリオパーティ スーパースターズ」、「ポケットモンスター シャイニングパール」、「ペーパーマリオ オリガミキング」、「スーパーマリオ 3Dワールド&フューリーワールド」、「おすそわけメイドインワリオ」。
 そして僕はありとあらゆる方法で無駄な時間を過ごした。久しぶりにやるヴィデオ・ゲームはとても楽しかった。なんだ、楽しいじゃないか。子どもの頃、僕はめちゃくちゃヴィデオ・ゲームをやっていた。それがある時期から、ほとんどやらなくなっていた。確か大学生くらいだったと思う。僕はそれを、ヴィデオ・ゲームというものに「飽きた」からだと思っていた。
 しかしそれはたぶん違ったのだ。ある時期から、僕は、人生において無駄なものをなくしていこうと考えるようになったのだ。
 もちろんそんな自覚はなかった。なぜなら僕は、人生において何の役にも立たないと自虐的に言いながら、「小説」などの本を読んでいた。僕はこんなにも無駄なものを愛しているよ、と思っていた。
 しかし、そんなことを言いながらも、僕は「小説」は人生においてとても重要なものだと考えていた。具体的には、人間的な深みとか、魅力とかを醸成するために。本気だ。僕はそう考えていたし、今も実はそう考えているのだ。
 就職してからの僕の日常は、仕事をしているか、本を読んでいるか、酒を飲んでいるか、くらいだった。それら全てが僕にとって無駄ではないと思っていた。逆に言えば、無駄ではないことしかやってはいけないのだと、知らず知らずのうちに自分を縛っていたのかもしれない。
 え、酒って、無駄では?と思いのあなた。愚問ですよ。僕の敬愛する小説家とかいろんな人々は、だいたいが酒で身を滅ぼしています。酒は人生にとって、なくてはならないものです。僕は意識を高くもち、飲酒しているのです。
 何の話だったか。つまり、僕は本当に久しぶりに、真に人生において全く意味のない、無駄な時間を過ごすことができたのだった。ヴィデオ・ゲームなんていくらやったって、本当に何の意味もない。本当だよ。脳細胞が大量に死滅するだけだ。眠れなくなるだけだ。全くの無駄である。完全な無意味。
 でも、それで時間が過ぎていくというのは、本当にありがたかった。時間はただ過ぎていった。大切な時間とか素敵な時間とか苦しい時間とか恐ろしい時間とか、そんな形容詞つきではない単なる時間、流れるだけの時間。
 そんなふうにやり過ごしているうちに、「あーちきしょう」は無くなっていた。
 別に働きたくもないし、休みたくもない、極めてフラット。別にどっちでもいいです。というモード。
 これが正しいのかは分からない。しかし正しいとかどうとかではない。少なくともこの一年でいちばん「マシ」と思える状態になった。
 もちろん、ここに書いたことが全てではない。大切なことがかなりの量書き落とされているのは、自分がいちばんよく分かっている。このほかにもいろいろなことがあった。しかし全てを書くことはできない。
 結局、何をするとかではなくて、時間が過ぎることそれ自体が必要だったのかもしれないとも思う。
 この文章は、「休職中にするべき◯つのコト」式のものではない。そういう意図で書いていない。そもそも書き始める前は、もっと時系列で、ドキュメント風に書くつもりだった。しかし何度書き直してもうまくいかず、結局書けるように書いたらこうなった。
 しかしこれを書いているうちに、僕は自分でも思いもよらなかった本質的なものに触れた気がする。気のせいかもしれないが、本当かもしれない。本質なんてないというのが本質かもしれない。
 無駄なことを無くしていこうという生き方は、いざ自分が無駄なものになった時に、決定的に破綻してしまう、というのがこの文章の教訓とも言えるかもしれない。
 とにかく、何とかなりそうになったのです。それを伝えたくて、書きました。何ともなりそうにないことに、なっている人たちがいるかもしれないと思って。ということです。読んでくれてありがとうございました。行ってきます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?