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ハイブランドの効用 カルティエのマストタンク

カルティエのマストタンクという腕時計を持っている。
1990年代に製造されたヴィンテージ品を、中古で買った。

買ったのはカルティエの腕時計の中でもっとも有名な腕時計のひとつである、マストタンクだ。90年代は「マストタンク」という名前だったが、今は「タンクマスト」になっているらしい。

現在製造されているカルティエの腕時計は、文字盤の「Cartier」がブロック体で書かれている。
ヴィンテージ品だと、筆記体で書かれている。筆記体のほうが優美でいい。

また、現在新品で買えるタンクマストは、文字盤の文字と革ベルトが黒い。
わたしが買ったヴィンテージ品は、文字盤と皮ベルトが深いコバルトブルーだ。さわやかでいい。
わたしは青色が好きだし、もし自分に色をつけるなら青だなと思っている。
タンクマストは何の装飾もないシンプルな四角形のベゼルだが、リューズにはハッと目を引く青い宝石スペネルがついている。

アール・デコという概念がある。
19世紀末にヨーロッパを中心に花開いたアール・ヌーヴォーは、曲線的、装飾的、女性的な芸術性のことをいう。

そのアール・ヌーヴォーに続いて、20世紀初頭に生まれたのがアール・デコという芸術概念である。

アール・ヌーヴォーとは打って変わって、アール・デコは、直線的、機能的、男性的なイメージを持つ。

カルティエのマストタンクは、アール・デコの頂点ともいうべきデザインの腕時計である。

カルティエ マストタンク

タンク(tank)とは戦車を意味する。
第一次世界大戦を終結させた兵器の一つである戦車にインスパイアされたのが、マストタンクである。

装飾的な無駄は削ぎ落とし、機能的でありながらも造形美が成り立っている。それがアール・デコの真髄であろうと思う。
機能的であることと美しいことの両立は難しいモノだと思う。機能的であるか、または美しくあるかのどちらかでも難しいのに。この世には機能的でもなければ美しくもないものがたくさんある。

わたしは、アール・デコのコンセプトがとても好きだ。
もともと装飾的なものよりも機能的なもののほうが好みだ。
どんなにデザインが気に入ったとしても、使い勝手の悪い服を買うことは絶対にない。
足に合わないので履いたら靴擦れしてしまうが、見ているだけで幸せになるくらいデザインが素敵なので、その靴を捨てずにいる、というような人もいるらしい。
それはとても幸せなことだと思うが、私ならばその靴はすぐに捨てるだろう。機能としてわたしの要求に応えていないからだ。機能的でなければ、たとえどんなに美しくあったとしても、わたしはなかなか愛せないらしい。

ヴィンテージのマストタンクは、35万円程度だった。
3万円のApple Watchか、せいぜい数千円の腕時計しか使ってこなかったわたしから見ると、目が飛び出るような価格ではあった。

Apple Watchなら、時間を確かめるだけではなく、決済もできる。日々のワークアウトも管理してくれる。デスクワークが続くと、1時間に1度は「立て!座りっぱなしは健康に悪い!」と知らせてくれる。

Apple Watchは、たった3万円で、たくさんの機能を提供してくれる。
ではマストタンクは?35万円もするのに、させてくれることは時間を確かめることだけだ。

そんなマストタンクの購入を躊躇したかというと、実はまったくしなかった。即決で買った。
それだけデザインがこれまでにないほどに好きだったのだ。

わたしには、100万円以内であれば、見た瞬間に体温が上がったように感じられるほど、これは絶対にわたしのものになるべきだと思えるほどに一目惚れしたものならその場ですぐに買ってもよい、というマイルールがある。
わたしの稼ぎと貯蓄から考えて、100万円程度であれば破産の理由になることはあり得ない。
そして、ただでさえ一目惚れしにくいわたしにとっては、それほどまでに熱い一目惚れができるものは、とても価値のあるものだ。100万円ではまだ安いと思えるくらいに。

そして、わたしがこのルールを行使したのは、今のところ、このマストタンクだけである。今後のルール行使の機会に期待したい。

大枚をはたいて手に入れたマストタンクだが、日常的につけている。会社に行くとき、友達と遊ぶときなど。
さすがに海外旅行につけて行くのはちょっと怖いのでやらない。

わたしは、自分でモノは使ってこそ輝くと考えるタイプなので、高価だったからといって丁重にタンスに仕舞い込んだりはしない。

一目惚れしたものは、適当には扱えないものだとつくづく思う。
というのも、わたしは、このマストタンクを外すと、カルティエの赤い小箱に毎回しまっている。どこかに置きっぱなしにしたりしない。

カルティエの赤いボックス

Apple Watchや数千円の歴代腕時計たちは、帰宅したらまず外して、腕時計置き場にしているトレイに置きっぱなしだった。そして、翌朝出かける前につける。合理的といえば合理的だ。

が、マストタンクには畏れ多くてそんな扱いができない。帰宅後毎回カルティエの小箱に戻すし、裏蓋が皮脂で汚れているようなら乾いた布で拭いている。
自分がこんなに丁寧にモノを扱える人間だということを、マストタンクを手に入れるまでは知らなかった。

振る舞いが丁寧で美しい人がハイブランドを買っているのではなく、ハイブランドが人の振る舞いを正している面があるのだな、と思う。

TwitterがまだTwitterだった頃、「CHANELのコスメを使った日は自信満々でいられる。自分は顔にCHANELの粉を載せてるんだぞ!と」と言っている投稿を見かけたことがある。

ハイブランドは人を律し、高める力がある。それもハイブランドの効用のひとつであろう。

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