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おすすめ本ランキング⑥

【2024年2Qおすすめランキング】

恒例の、四半期ごとに読んだ本のうち、おすすめ10冊を紹介するシリーズ。すでに投稿済みの内容ですが、時々振り返るのも良いと思っています。

今回は、2024年4月から6月までに読んだ33冊から10冊を選択!

1. 『コモンズのガバナンス―人びとの協働と制度の進化―』エリノア・オストロム

女性初ノーベル経済学賞受賞者によるコモンズ共同管理の実証・理論に係る研究。日本の入会、フィリピンの水利、カナダの漁場など豊富な成功・失敗事例を基に、自律的な共的資源管理に関する分析枠組みを提示。最大で1.5万人という小規模集団に限定されるものの、日本の地域に根付いている入れ子状組織が組織化の費用低減に役立つとした点や、市場と政府のみに依拠する社会科学者の分析モデルは中央集権化を助長するとした点など、デジタル化・原子化が進む現代においても傾聴に値する。人口減少時代の資源管理にも有効な手法を模索すべきだろう。

2. 『壱人両名: 江戸日本の知られざる二重身分 (NHK BOOKS) (NHKブックス 1256)』尾脇 秀和

江戸期の壱人両名(1人が2つの名前と身分を使い分ける形態)と明治期における消滅について、古文書から多くの実例を見出し解説した力作。①両人別(二重戸籍状態)、②秘密裏の二重名義使用、③身分(町人等)と職分(医者等)による別名使用のうち、①②は非合法とされたが、いずれも縦割りの支配の管轄を保ちつつ、支配を跨ぐ活動を表向き問題なく実現するための方策だったと評価。建前と実態のずれの黙認も知恵だったと思うが、それより公平性を求める感覚が、壬申戸籍からマイナンバーに至る壱人両名的存在の否定に繋がっているのではないか。

3. 『語りえぬものを語る (講談社学術文庫)』野矢 茂樹

講談社PR誌への連載に詳しい註を付けて、反復重層的に議論が展開された哲学書。ウィトゲンシュタインの「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」に反駁し、論理空間にはあるが行為空間の外にあるもの(猫+クリーナーの「クリーニャー」等)は語りにくいだけだし、論理空間の外にあるが勉強すれば使えるかもしれないものは「今の」自分には語りえないだけだとする。概念主義への反論の中で、動物・赤ん坊と違って大人が言語を持つと言っても、人間も動物で非概念的知覚を持つとした点は、近年の認知心理学の考えにも符合するように思う。

4. 『東大教授が語り合う10の未来予測』暦本純一,合田圭介,松尾豊,江崎浩,黒田忠広,川原圭博,中須賀真一,戸谷友則,新藏礼子,富田泰輔,加藤真平

東大公式YouTube「知の巨人たちの雑談」の未配信部分を含めた完全版を基にした本。よくある未来予測本とは異なり、最先端の科学研究者本人達が、ぶっつけ本番で語り合う形式を取っているため、リアリティとセレンディピティに溢れ、知的興奮を呼び起こす。1000歳まで生きる人間、空中からエネルギーを取る技術、俺の半導体チップ、宇宙行きエレベーター、ダークマターとダークエネルギー、便の移植、脳梗塞予測技術、運転による認知症チェックなど、凡人には理解し難いキーワードが満載。文系研究者も混じったバージョンを見てみたい。

5. 『ポリティクス・イン・タイム―歴史・制度・社会分析 (ポリティカル・サイエンス・クラシックス 5)』ポール・ピアソン

合理的選択論による脱文脈化の最盛期に、政治分析における歴史の重要性について改めて真摯に論じた新しい古典。英国留学以来、定性的分析に強いシンパシーを感じる者には違和感が少ないが、実務家の眼からも興味深い論点がいくつか。自己強化過程が働く状況において、事象の起きるタイミングと配列の重要性が説かれ、前に起きた事象がより重要とする。また、制度修正コストは、特定の環境や用途に限定される資源への投資が進むことで、時間が経つほど高くなると分析。分権改革を転轍と表現した行政学者がおられたが、DXも今が肝心だと心から思う。

6. 『自我の起原: 愛とエゴイズムの動物社会学 (岩波現代文庫 学術 205)』真木 悠介

社会学者見田宗介氏が別名で出版した本の一つで、動物社会から現代社会に至る個体と個体間関係に係る壮大な研究構想の第一部。「利己的な遺伝子」に立脚する社会生物学を基に個体は必ずしも利己的でなく利他的だとし、中でも哺乳類は遺伝子の目的と独立した主体性を社会性の中で獲得するとし、更に個体はフェロモン等の感覚交信によって他個体と共生すると言う。性愛にも宗教にも自我を他者に開きつつ、特定の関係性や共同性に限定して他を排除するとの逆説が含まれているが、自己犠牲の精神が如何なる淵源によるのか、考え直す機会を与えてくれる。

7. 『伊能忠敬の日本地図 (河出文庫)』渡辺一郎

第二の人生を伊能忠敬の研究に捧げた筆者による伊能隊による測量の軌跡と、世界中に散逸していた伊能図を自らの努力によって発見し、展覧会実施や国宝化に繋げた経緯をまとめた著作。55歳という歳から17年間で3753日を測量に費やし、途中大病を患い、隊規が乱れるなど、幾多の苦難を乗り越えて地図作成に命を賭けた偉人に敬服。第1次は歩測、第2次以降は間縄を使い、富士山や恒星、食の測量で補正を施したほか、離島への渡航、断崖での測量など苦労は計り知れない。筆者らが英仏米等で伊能図を見つけた経緯も、伊能氏本人の執念に重なる。

8. 『ゴリラの森、言葉の海 (新潮文庫)』山極 寿一、小川 洋子

霊長類学者と小説家がゴリラと言葉の森を逍遥する対談集。類人猿がいかに人に近くサルと違うかに目から鱗。声を出して笑える、威嚇ではない形で顔を見つめ合える、勝者を作らない仲裁をする、対等性を大事にする。そんな違いは動物園では分からない。類人猿も人も経験を積むことで親になるが、その経験が性的な関心を抑制し、そこから生じたインセスト・タブーが互酬性、更には複数の家族による地域共同体の形成の元となったとの説も興味深い。言葉の功罪も論じられるが、「森の音」など身体で感じても言葉で表現できないことが多いとの議論も新鮮。

9. 『気候で読む日本史』田家 康

奈良〜江戸期に至る日本史に気候が与えた影響と、干魃、飢饉等における技術上、政治上の対応策の変遷をまとめた好著。気象予報士の著者が古今東西の文献を逍遥して、同時期のアジア、欧州等の気象や社会の動きにも言及し、立体的な気象と政治経済社会との関係論として読める。奈良〜平安期の朝廷が頼った祈祷とは対照的な北条泰時の実質的需給調整や、政権の安定性の差が気象変動に対する対応力の差として現れた事実など、現在にも通ずる教訓が得られる。今後、地球温暖化と大火山噴火の何れにも対応は必要だが、技術と政治の力が試されるのだろう。

10. 『社会はどう進化するのか——進化生物学が拓く新しい世界観』デイヴィッド・スローン・ウィルソン

進化生物学者が、社会を進化論的観点から分析し、実践を促した意欲作。共有資源管理の成功要因である「強いグループアイデンティティと目的の理解」等の中核設計原理を、近隣社会、企業等に普遍的に適用することで、共通の目標達成のための協力が生まれると主張。引用事例も印象的で、各檻の中で最も多産の鶏を繁殖に回す方法では超攻撃的な株が生じて産卵率が落ちたが、最も多産の檻の全ての鶏を繁殖させれば互いに友好的に振る舞い、多産が続くと言う。個人に全てを還元せず、小集団が社会的組織の基盤との考えは、公共政策の変革にも示唆的だ。

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