
英語de世界史——英語から見える用語の本質
世界史講師の伊藤敏です。
今回はとある方からのリクエストから着想を得たもので、
世界史のあの用語を英語でどう表現するの? という一風変わった視点からアプローチしていきます!
それでは、はじまりはじまり~

1.これ何でしょう??
まずはクエスチョンから
さて、早速ですがクエスチョンです!
以下の世界史の用語を英語では何と言うでしょう?
⑴ アッバース朝
⑵ デリー=スルタン朝
⑶ イル=ハン国
……どれも世界史では聞きなれた王朝・国名ばかりですね。
とはいえ、英語でと言われてもちょっと当惑されたかもしれません。
では、正解は…… ↓ ↓ ↓
⑴ Abbasid Caliphate
⑵ Delhi Sultanate
⑶ Il Khanate
となります。
ここでポイントなのが、(イル=ハン国を除き)日本語で一口に〇〇朝といっても、英語では国名に区別がなされている、という点です。
では、その国名の区別の基準となっているものは何でしょう?
……恐らく鋭い方はもう気付かれたと思いますが、
これらは君主号によって呼称が分かれるのです。
実際にもう一度見てみると、
⑴ Abbasid Caliphate ← caliph(カリフ)
⑵ Dehli Sultanate ← sultan(スルタン/英語発音でサルタン)
⑶ Il Khanate ← khan(ハン/カン)
という具合なわけですね。
日本語でいうところの「〇〇朝」の「朝」は、正確には「王朝」を指します。
「王朝」とは、「同じ王家に属する帝王の一系列。また、その帝王が支配している時期」(日本国語大辞典)のことであり、要は(君主の)家系ということですね。
したがって、「〇〇朝」という呼称は、「〇〇家による政権」と捉えることもできます。
ちなみに英語でも「王朝」はdynastyという言葉があり、
中国の歴代王朝やヨーロッパの王朝名はこちらで呼ぶことが多いです。
・Tnag dynasty……唐
・Qing dynasty……清
・Plantagenet dynasty……プランタジネット朝(イギリスの王朝)
今なお使用されるイスラームの君主号
では、ここからちょっと応用編です。
アラブ首長国連邦って、英語で何というでしょうか?
……略称であるUAEが比較的有名ですが、これを正式に述べると、
↓ ↓ ↓
正解は、 United Arab Emirates でした!
エミレーツ航空ってありますよね。あれはこの会社が本社を置く国名に由来するものなんです。
さて、今度はこのEmiratesについて少し掘り下げてみましょう。
勘のいい方は気付かれたかもしれませんが、
このEmirate(単数形)もまた、君主号に由来するものなのです。
今回の君主号は何でしょうか?
そう、Emirですね。
英語では、君主号の語尾に-ateがつくと、「〇〇の地位(職)、〇〇の政権」という意味合いになります。
余談になりますが、「幕府」って英語で何と言うかご存知ですか?
正解は、Shogunateです。将軍Shogunの政権だから、ということですね(Bakufuという表記も一般的になりつつあります)。
で、このEmirとは何ぞや?についてですが、
英語のEmirはアラビア語のアミール(ローマ字表記でAmir)を指します。
アミールとは、もともと「支配者」あるいは「司令官」を意味する言葉で、
本来はカリフが名乗った称号でした。
「カリフ(ハリーファ・ラスールッラー)」とは「(神の使徒=ムハンマド)の代理人」という意味の呼称に過ぎず、政治的な権威を伴うものでは必ずしもなかったのです。
2代正統カリフとなったウマル(位634~44)は、「信徒たちの長(指揮官)」を意味する「アミール・アルムウミニーン」という称号を帯び、これが君主号として定着し、以降のカリフにも継承されます。
イスラーム世界の拡大にともない、アミールはその軍事的性格から、征服地の軍司令官および総督を指す語としても使用され、
9世紀よりアッバース朝のカリフの権威が衰退すると、実質的に独立を果たした王朝の君主号として使用されるようになります。
……というわけで、アミールは今日もアラブ首長国連邦をはじめ、イスラーム世界で君主号として利用される称号であり続けているのです。
アラブ首長国連邦は、アブダビ、ドバイ、シャールジャ、アジュマーン、ウンム・アルカイワイン、フジャイラという7つのアミール国が結成した連邦国家なのです。日本語ではこれを「首長国」と訳しているわけですね。
また、この他にもクウェートやカタールの君主も、アミールの称号を用いています。

2.英語だから判別できる性質の違い
先ほどのように、日本語では同じ表記がなされながらも、
時にその実態がやや異なることを、英語表記は示してくれます。
日本語は同じでも……
では、今度はどうでしょうか?
次の用語を英語で言うと……?
⑴ ノルマンディー公国
⑵ アンティオキア公国
今回はどちらも「公国」ですが、果たして……
↓ ↓ ↓
正解は、
⑴ Duchy of Normandy
⑵ Principality of Antioch
でした。
今回もまたどちらも異なる英語表記です。
では、より詳しく見ていきましょう。
まずは、Duchyから。
こちらはduke(公)の所領というニュアンスであり、
Dukeは国王の封臣すなわち家臣です。
したがって、ノルマンディー公国は公国といえど、独立国ではありません。
実際、ノルマンディー公国は西フランク王国およびフランス王国の諸侯領という位置づけです。
では、Principalityはどうでしょうか。
こちらはprinceの所領ということです。
「なるほど、今回は王子様の所領ね~」と思ったあなた、
さ に あ ら ず !! です。
実は、今回テーマとしたいのはこのprinceという言葉の扱いなのです。
Princeとは?
まず結論から行きましょう。
今回のprinceは「君主」と訳すべきものであり、
したがってPrincipality of Antiochは「アンティオキア君主国(君侯国)」と訳すと英語のニュアンスがよく反映されると言えます。
一般に英語のprinceと言えば「王子」という訳が定着していますが、
実はこの言葉の本来の意味は「君主」にあると言えます。
そもそも、このprinceという言葉の語源は、ラテン語のプリンケプスprincepsであり、
これはローマ帝国の初代皇帝となったアウグストゥス(オクタウィアヌス)が用いた称号で、「市民の第一人者」を意味します。
これが時代が下ることで、ある集団(国家)の筆頭に位置すべき人物の称号として、princepsが使用されるようにもなります。
主にローマ人の文筆家が、外民族や外国の君主を指して呼ぶときにもプリンケプスが使用されたようです。
こうした状況に変化が生じたのが、4世紀から始まるゲルマン人の大移動です。
西ローマ領各地に自身の国家を建設したゲルマン人たちは、
ゲルマン祖語のkuningazに由来する君主号を用いていました。
kuningazは英語のkingやドイツ語のKönigの語源となるものです。
このため、君主を指す言葉として、
ゲルマン祖語に由来するkuningazの系統と、ラテン語に由来するprincepsの系統が混在することになります。
これが次第に、kuningazが「王」、princepsは「(王に及ばないながらも)君主」というニュアンスで使用されるようになっていきます。
余談ながら、フランス語やイタリア語といったラテン系言語では、
ラテン語で「王」を意味するrexを語源としたroi(仏)、Re(伊)が用いられています。
というわけで、アンティオキア公国はPrincipalityですから、ノルマンディー公国とは異なり独立した国家と言えます。
名目上はエルサレム王国の封臣でしたが、実質的には君主国としてエルサレム王とほぼ対等な地位にいました。
君主号がkingの系統に属する諸国では、
次第にprincepsは貴族の最高位に位置付けられ、これを名乗ることが許されるのは王族に限定されるようになります。
これが、「王子」という意味の由来なのです。
イギリスの場合、13世紀に当時のイングランド王エドワード1世(位1272~1307)が隣国ウェールズを征服します。
当時のウェールズは、イングランドの侵攻に対抗し、ルウェリン・アプ・グリフィズが「ウェールズ大公(Prince of Wales)」を名乗り頑強に抵抗をしていました。
しかし、ウェールズはエドワード1世の支配に屈し、
このときにエドワードに待望の長男が誕生します(後のエドワード2世)。
そこでエドワード1世は、誕生間もない我が子を「ウェールズ大公」に任じ、
これがイギリス王家の王位継承者の称号として継承される起源となったのです。
* * *
いかがでしたでしょうか。
日本語だけではなかなか理解しづらい概念であっても、
英語を利用することでその本質の一端に触れることができるのです。
今回もお楽しみいただけましたら幸いです。
いいなと思ったら応援しよう!
