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【エリコン特別企画】会期終了までひたすら務川慧悟を推していく!(ファイナル編)


ベルギー時間の5月26日午後8時(日本時間5月27日午前3時、笑)。5月24日から始まったエリザベート王妃国際コンクール・2021ピアノ部門の決勝3日目、ついに我らが務川慧悟さんの登場である。
会場のcenter for fine arts、舞台上のベルギー国立管弦楽団は既にチューニングを終えている。審査員の入場、続いて鮮やかなエメラルドグリーンのパンツドレスに身を包んだマチルダ王妃がバルコニー席に登場し、同色マスクを着けた目元に浮かぶ笑顔で手をお振りになった後着席された。
今までより一段ドレスアップした女性司会者のコールの後、指揮者ヒュー・ウルフ氏を従えて務川さんが登場、オーケストラの間を縫ってピアノの前へと進む。黒のスーツに黒のシャツ。白いドットの入った赤いネクタイ。手にはこのコンクールのために委嘱されブルーノ・マントヴァーニ氏が作曲した「D'un jardin féérique:直訳 妖精の庭から」の楽譜が。落ち着いた風情で務川さんが楽譜をセットののち着席、指揮者とアイコンタクトののちに曲が始まった……


ファイナルまでの8日間
セミファイナルが終わり、ファイナリスト6名の発表があったのは5月15日だった。はあなるほど、そこから1週間の休息ですね……って、とんでもない! ここからエリコンの肝とも言える大変なファイナリストの戦いが始まったのだ。
今回の6名のファイナリスト(※例年は12名)達は、24日から始まるファイナルで1日1名ずつが演奏をするのだが、その演奏約8日前から1日1名ずつ召喚されていったのだ(笑)。つまり24日ファイナルの方は16日に、25日の方は17日にという具合に。召喚された先は……城! 
エリザベス女王音楽礼拝堂 https://musicchapel.org/en/building/

画像からも分かるように、若き音楽家のために用意された素晴らしい環境だ。緑溢れる広大な敷地の中に点在する、何棟もの独立した個人向け宿泊施設。各棟にはリビングルームやグランドピアノ付きの練習室もそれぞれ備えられている。この美しい施設にファイナリストたちは個々に入居し、ファイナルまでの9日間を過ごすわけだ。
そこで何をするかって? ファイナルの課題は、コンクールが委嘱した新曲と各自が選んだピアノ協奏曲の2曲をオーケストラと演奏する。で問題なのが、新曲な訳ですよ。ファイナリストたちは、城に連れてこられてから初めて前述の未発表の新曲「妖精の庭から」の楽譜を渡される。そこから1週間で譜読みから練習をして仕上げ、ファイナルでオーケストラと協演し披露することになっているのだ。しかもその間外部の助言を仰がないために、スマホやPC没収という徹底ぶり。凄いじゃないですか!

我が推し務川さんはといえば、この軟禁生活(笑)を意外と楽しみにしていた模様。https://twitter.com/keigoop32/status/1394544173693480960?s=20

まあそんな8日間を経て、たどり着いたのがファイナルなわけだ。


D'un jardin féérique:直訳 妖精の庭から
シンバルを軽く擦った音から始まり、世界はすぐ森の中に。直後現れたピアノの繊細な音に、ハッとなる。
「こ、これは妖精!」
もうそれ以外に表現しようがない。今までに2名の演奏を聴いてきたわけだが全く異なる。繊細で素早く捉えどころのない、しかし確実な動き。これは高速の64分音符。いや違う、妖精。妖精の羽音であり、目にも止まらない人間離れした動き。軽さ、そして確かな存在感。こんな表現があるだろうか。遠く離れたベルギーからの配信を見つめながら、もう口ポカン。なんですか、これは!

務川さん他のファイナリストもコメントしていたのだが、新曲は「譜読みに丸2日かかった」というほどの難曲だったそうで、長短様々な種類のトリルや64分音符の連続、強弱やアーティキュレーションがそれをうかがわせる。
余談だが新曲の邦題が「妖精の庭より」と最初に知れ亘った時、ファンの間で歓喜の声が沸き起こった。というのも務川さんは2020年にラヴェルの「マ・メール・ロワ」をピアノ独奏用に編曲し楽譜を出版したのだが、その最終第5曲は動画や演奏会のアンコールなどで披露され、大きな感動と感涙を誘ったいわば務川さんの代名詞のような曲になっているからだ。
その曲の名は「妖精の園」。
はい〜もうのけぞったでしょ? 凄いでしょ? ファン歓喜の大はしゃぎですよ。「持ってる」の大合唱ですよ。そしてこの演奏ですわ。もうやっぱり妖精=務川さんで決まりじゃないかね。

曲が進むにつれ、妖精の動きが次第に物語性を帯びてくる。務川さんはオケや指揮者に時折目を向けながら、妖精の動きをひたすら表現する。立ち止まり様子をうかがい、素早く現れ隠れ、何かを生み出し何かを消し去る。そこにはドラマが感じられる。
そして後半部の長く続くトリルが始まる。最初は比較的ゆっくりと様子をうかがうような雰囲気から、次第に緊迫感とスピードを上げていき、オケが乱光線のように入ってくる中でも、常に存在感を持って全体をリードして行く。結局ピアノソロが残った部分で、はっきりわかる。この曲ははっきりと務川さんがリードしていた曲だったのだ。ピッコロも入り全体での盛り上がりの後、弦楽器の長音をバックにおいての力強いピアノソロ。ラスト、オーボエとフルートとのレードーシーラーソードーの下降で、朝日が昇るのでしょうか。妖精の乱舞は終わり。
ホッとした表情で指揮者と笑顔を交わす務川さん。


プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第2番」ト短調
わずかなインターバルの後、再び舞台上に現れる務川さん。協奏曲に務川さんが選んだのはプロコフィエフ「ピアノ協奏曲第2番」。この曲の選択について、当初は2018浜松国際ピアノコンクールのファイナルで弾いた第3番を考えていたが、昨年代役で第2番を弾く機会(12月17日、矢崎彦太郎指揮東京ニューシティ管弦楽団/東京芸術劇場)があり手応えを得ることができたので、第2番の選択を決意したとのことだ。
再びピアノに着席した務川さんは指揮者と笑顔を交わす。
第1楽章アンダンティーノ。左手のたゆたうような美しいアルペジオに乗せて、右手がゆっくりメロディを奏でる。夜の庭を彷徨うような第1主題。奇しくもこの日はスーパームーン。しかも皆既月食が起こるという特別な夜(これも「持ってる」とファンの間で大騒ぎになったことは書いとく笑)。赤き月が次第に欠けて行く。
動きのある第2主題。頭を大きく振り、腰を浮かせ、随分とアクティブで活発な動き。左手が高く上がる。もうっ本当に素敵な演奏。
再び第1主題。おお随分と月が欠けてきた。魔界の時間。心の中の色々な感情が蠢き、表出される時間。大カデンツァ。出だしはまだ感情を露わにしていない。わざとズラしたりルバートかけたりして、盛り上がりを微妙に逸らす務川さん。やがて風が吹いてきて雲が晴れる。空には大きな赤い月、しかも半分暗く覆われている。一心不乱の音の羅列。指力と圧巻の迫力ある打鍵がグイグイ心臓に迫ってくる。しかし鍵盤の端から端まで目まぐるしく駆け巡るのだよ、このカデンツァは! 正確で高テクニックがキラキラ光る! トゥッティの後、再び一人月夜の庭に戻る務川さん。冷めた視線で辺りを見つめる。月食は終わったようだ。
第2楽章スケルツォ、ヴィヴァーチェ。両手オクターブのユニゾンで一気に駆け抜ける。こういう演奏になると、務川さんの正確さ、丁寧な音作りが光るね。途中「!」と思った箇所もあったが(内緒)駆け抜けた! 汗光る。
第3楽章間奏曲、アレグロ・モデラート。オーケストラの演奏の後、交差と跳躍のピアノパートからの入り、その後も跳躍のオンパレード。オケのテンポゆっくりだなーと思わぬ訳でもなかったが、野性味ある雄大な流れ。務川さん、オッここで左足下がる。オケの流れに乗せてきたね。力強い和音。その次に来るのはグリッサンドストリート。務川さんのグリッサンドは雲の上をスーッと渡るみたいな、優しくて確実なタッチなんだよね。素敵(また言う)。終盤狂乱して行くオケを、ピアノが引っ張る。このオケのテンションの高さも、ピアノの魅惑的な音のせいなのだ。大変聴きごたえある楽章だった。
第4楽章フィナーレ、アレグロ・テンペストーソ。私の趣味としては、もうこのままアタッカで第4楽章に入って欲しかったのだが、一応楽章間の休みがあった。これはおそらく指揮者の好みだと思う。務川さんが首を振って「もう行こう」みたいな表情したの見逃さなかったぞ(笑)。でも結局休んだからさ、ちょっとフラストレーションになったか、もっと走りたい感に溢れるような出だし。もう走らせたげてよ! 最初のパート終わりオケを睥睨する務川さん。中間部の民族音楽風なピアノソロ演奏は、少し音をズラし次々色々なな声が現れ掛け合いをするような音作り。含みが多く考えさせられる演奏だ。各声部は結局オケに集約されていくが、それでもピアノの主張は大きく残る。そしてラストのカデンツァへ。最低音から始まり間合いを置きつつの連続和音。正確な打鍵。曲を振り返るように、今までを振り返るように、務川慧悟の集大成のコンクールを振り返るように、祈るようにメロディを刻む。ラストは鐘の音だろうか。そして突然のオケの大音響。目覚めたように激しく動き回るピアノ。駆け巡る上昇音型からのグリッサンド。そして終わりが唐突にやってきた。大拍手! 務川さんはどう感じたのだろうか。笑顔と疲れとが入り混じったような表情で立ち上がる務川さん。もう何も言うことない。本当に素晴らしい演奏だった。ありがとうございます!

5月29日(日本時間30日午前6時)結果が発表され、務川さんは第3位を受賞した。おめでとうございます!
これで熱狂のエリコンも終わり……だが、まだ入賞者披露演奏会が控えている。番外コメントと共にもう少し書いていこうと思う。




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