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”Edgeに拉致されて” 白石かずこ,高橋睦郎

「Edgeが許し給うすべてのもの」
宮岡秀行

Edgeという世界において、フィクションとドキュメンタリーは、そもそも不倶戴天の二項対立ではないのではないか? 一つの映像は記録映像 (ドキュメント)として、背後にはそれが撮影された時点の日付を持ち、またその映像がフィクションに奉仕するのであれば、描かれる時代というもう一つの日付すら持つのだが、どちらも同じ一つの映像である。また、シナリオを持たないドキュメンタリーも、一つの映像自体が内在する潜在的な方向性をさがし出し、その映像の周囲にさらに他の映像が生まれ、バランスや対比類推などが撮影/編集を通じて整理される。展開に意味を与えるという点では、すでに作者の意図といったものがそこに関与している。 だからいまフィクションを批判してドキュメントを再評価したり、フィクションとドキュメントの液状化をアクチュアルな問いとして定義することは、それが根拠にしているところのヘゲモニーや理念だけを批判することになりかねない。私はそうしたドグマ性の濃い問題系に、さほど興味はないが、われわれがいま生きている現実としての時代や個々の作品に具体的に撮られている事物とその境界(Edge)には、絶えずぶつかっている。差し詰め私の場合、Edgeでの映像制作なのだが、日常を壊さぬように撮影するには、目の前の日常にそぐう小型カメラを、そうでない場合も、手さぐりで光をさがし、デジタル・カメラやマイクをセッティングする。
リトアニアから亡命し、ニューヨークに住むジョナス・メカスのように個人映画を作り続ける人がいる。あるいはアイルランド移民の子、ジョ ン・フォードのように、ハリウッドの中で西部劇の監督として映画を作り続けた人がいる。しかしこの二人の作品には、何を撮っても、そこに馬が写っていたり、人が何かを祝福する「匿名の世界」があったり(例えばメカスの作品では、多くの著名人が出ているにもかかわらず、まるで匿名の人々に見えてしまうように、またフォードの作品は、無数の砂塵の中からジョン・ウェインが出現するように)、草いきれが入り込んだりする「地方性」が在る。その地理的時間的隔たりを、「私の内なる地方主義」として育てるだけのEdge(縁)が、何故いま、ここにはないのだろうか。 ジョナス・メカスのように「私は地方主義者だ」と断言することも、或いはヌーヴェル・ヴァーグの時代のように「一人の人間が一本の映画に対し芸術上の責任を持つものとし、スタイル、テーマ、制作条件のあいだの関係からその作家の個人的な世界観を明らかにする」という「作家主義」を掲げる訳にもいかない私は、このEdgeというテレビ番組制作を通じて、改めて確認する。いま私にできることは、一般的な「虚構」をつくることではなく、 この「虚構」を否定する存在と対立を深めつつ、同時に、互いの「虚」に接近し、私(映画)のなかに相手(詩)を顕在化させることである。そしてそこにあるかぎり、 中心から最も遠いEdge(はずれ)に戻ってゆくことができるのだ、と。
そういう意味で、この国でオウム報道以降、露骨なまでに送信されてくる「リアルな映像」に流されず、突端的な映像を撮り得る、ひとつの場のことを、一先ずEdgeと呼びたい。そして、Edgeでは、フィクションとドキュメンタリーという二項対立はなく、その突端に於いてのみ、すべては許されている。例えば、ゴダール/ミエヴィルのあの美しい『二人の子供フランス漫遊記』や、『映画史』ほどの孤高性で、Edgeをやり遂げることができたらと、今は願っている。

『現代詩手帖』2002年7月号

白石かずこ(しらいし・かずこ) 1931- 昭和後期-平成時代の詩人。 昭和6年2月27日カナダのバンクーバー生まれ。10代後半,北園克衛の「VOU(バウ)」にくわわる。昭和26年詩集「卵のふる街」で注目される。アメリカのビート詩やジャズの影響をうけて詩作をつづけ,46年「聖なる淫者の季節」でH氏賞,58年「砂族」で藤村記念歴程賞,平成9年「現れるものたちをして」で読売文学賞,高見順賞をうけた。21年「詩の風景・詩人の肖像」で読売文学賞随筆・紀行賞。22年セルビアのスメデレボの金の鍵賞。早大卒。本名は嘉寿子。

高橋睦郎(たかはし・むつお) 1937- 昭和後期-平成時代の詩人。 昭和12年12月15日生まれ。「ミノ・あたしの雄牛」を発表し,「薔薇の木・にせの恋人たち」で詩壇に登場。ブッキッシュな認識を土台に,現代の神話,エロスの形而上学を形成する詩風。昭和57年「王国の構造」で藤村記念歴程賞,63年「兎の庭」で高見順賞,句集「稽古飲食(けいこおんじき)」で読売文学賞,平成5年「旅の絵」で現代詩花椿賞。22年「永遠まで」で現代詩人賞。26年「和音羅読―詩人が読むラテン文学」で鮎川信夫賞(詩論集部門)。ほかに小説「十二の遠景」,評論「詩人の血」など。福岡県出身。福岡教育大卒。

『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』より

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