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薔薇の牧場に舞う者は (2020/01/10) 新春#02 『忍 魂』【3】

 改めてレッスン者の名刺を見る。

     “ 詩人 佐藤仁樹 Nicky Satow ”

 妙だ。
 さっき方筆の説明をし起筆を書かせてみた時は切れ味鋭い SQUARE になっていなかった。だが、今見る基本点画では「幾何図形」が書けている。起筆が綺麗でなかったのは? “演技” だったのか!?そうだとしたら何故そんな手の込んだことをする?
 他の社中のまわし者なのか?それとも・・・

「佐藤さん、書のご経験は無い、と仰言っていましたね。」
「はい、ありません。」
「いや、佐藤さんが書かれたものを拝見すると、とても綺麗な線質です。『習ったことがない』とは到底信じられない。」
 そう言いながら然りげ無く紙を裏返して見る。二度書きした跡は無い。

「いや、これは失礼。」破顔一笑して佐藤は応えた。
「私は、『書』については経験がありません。『書』と言っているのは日本で言うところの『書道』。或いは中国で謂う『書法』のこととお考えください。」
 何!
「但し・・・」
と改めて表情を引き締めて佐藤は続けた。
「『書美学』について説明を受け筆を動かしたことはあります。」
「ということは・・・」
「そう。このRUCAが唱えているところの、

    “Universal Calligraphy”

については少々、ほんの少しだけ経験がある、といったところでしょうか。“経験”と言えるかどうか疑問ではありますが。」
「誰に説明を受けたのですか。」
「以前、RUCAに在籍していた者です。」
「名前は?」
「『コバヤシテルオ』と名乗っていました。」
「漢字はどう書きます?」
「小さいハヤシの『小林』にカガヤクという『輝』その後はオットの『夫』だったと思います。」
         小林 輝夫

「その人はいつ頃、RUCAに在籍を?」
「20C末〜21C初め頃までだったと思いますが、私が会うことがなくなったのは2002年の11月以降のことです。」
・・・
「会えなくなった年と月のことははっきり正確に覚えているのですね?」
「何しろ『忍魂』発表の年ですから。」 
・・・
「『忍魂』がとても強く印象に残っていらっしゃるのですね。ひょっとしてあの作品が発表された展覧会場にいらっしゃいましたか?」
「もちろん行きましたとも!評判を聞きつけて直に観に行きました。」
俺も行ったのだが・・・
「その小林さんにウチで習った指導法であなたも既に学んでいたということなのですか?」
「方筆や基本点画についての説明を小林に受けてはいましたが、きちんと習ったわけではありません。
 それに、2002年11月以降は直に会うこともなく、従って、肝心の  Escallics  については説明も指導も受けてはいません。前所長が所長でいらっしゃる間にうかがえればよかったのですが、生憎私も多忙で叶いませんでした。
 そこで今回現所長の元に参上したという次第です。」
「説明を聞いただけにしては見事な書きぶりだ。」
「それは小林の説明の仕方が良かったのです。」
「それなら方筆による起筆についてはどうなのですか?手こずっておられたようですが?」
「多分それは筆の毛の質によるのでは、と思います。
 この筆は市販されているものですか?」
「いいえ。前所長時代からある業者に特注納品してもらっている筆です。市販はされていません。」 
「やはり!毛の弾力が普通の筆より相当強いと思われますが違いますか?」
「仰る通りです。先程の3Dエスの字に突いた状態を維持しながら線を引いたり、はねを綺麗に描くには弾力が強い方が都合が良いのです。弾力が弱いと途中で『突』が解けてヘナヘナの線になってしまう可能性が大ですので。」
「道理で!私は毛質の弾力が強い筆に慣れていません。それでブザマな線になっていたのでしょう。」

「お話しを伺っていますと、用筆について特に私が指導する必要もないようですね。もうこの辺でレッスン終了にさせて頂いても良いと思いますが・・・」
「いえお待ち下さい。まだ伺いたいことがあります。」
「何でしょう?」
「先ほども言いましたが、Escallics については小林からも指導説明を受けていません。先日展覧会場でお話ししたように、私が知りたいのは、Escallics に込められた思想・思いです。単なる風変わりな書き方ではありますまい。いやはっきり言いますが、他の書道団体ではそういう悪口を言っている人が居ます。きっと所長もご存知でしょう?」
「もちろん知っています。『書道』を習いたい人はウチには来ません。来ても直にやめていきます。ウチに来て長続きしているのは日本人ではなく、海外からの留学生、それも殆どが理系です。」
「存じております。所長ご自身も理系出身でいらっしゃる。」
「そうです。」
「かくいう私も理科系でした。」
「そうでしたか。詩人と名乗っておられるので文系の方かと思っていました。」
「いえ理系ですが詩の世界にも惹かれまして。そちらが主になりました。私の願いは自作の詩を毛筆で表現したい、ということです。
 毛筆で、ということなら一般の書道ではなく『書美学』が相応しい、と思っています。
 因みに、小林も詩をよくしていました。」

「どういう詩ですか?」
「こういう詩です。
■◆▲▼・・・」
「お待ち下さい!貴方はそれを諳んじていらっしゃるのですか?」
「はい。とても印象深い詩ですので。
お聞かせしてよろしいですか。」
「どうぞ」


Xよ お前は生贄だ

お前は哀れなモルモットになるのだ

俺の能力を試すための

実験台に使われるのだ

Xよ お前は償いだ

お前は選ばれて処刑されるのだ

俺の蒙った屈辱を

お前がその血で雪ぐのだ

Xよ お前は使い捨てだ

お前は銃口の前に立つのだ

俺が射的を堪能するために

お前は安物の栄光を着るのだ ※注1


「凄みのある作品ですね。他にはないのですか?」
「あります。お聞きになりたいですか?」
「はい。是非!」
「承知しました。」


金のためでなく

名を売るためでもなく

恨みもなく

だれにも強いられず

ただ この世のことは

今生で片を付けよ と

内なる声に迫られて

戦いの場に赴いた

無名の老鎗客

・・・・・・・・・        ※注2


よく憶えているな 大したものだ・・・


「今お聞かせいただいたのはあなたの作品ではないのですか?」
「違います。小林輝夫の作品です。彼はれっきとした日本人ですので。
 私とは違いましてね。」


★『忍魂』【3】は次回にも続きます。

※注1/注2 下記の書籍からの引用です

『警察庁長官を撃った男』新潮文庫

 平成24年7月1日  発行 鹿島圭介  著




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