(十九)梁塵秘抄の代表的歌謡を紹介する

『梁塵秘抄』とは後白河法皇(1127-1192)が採録した今様(平安時代の流行歌)である。採録された歌の中で、「君が愛せし綾藺笠(あやいがさ)」は、代表的な歌と言える。それで、先ずこの歌を紹介する。

君が愛せし綾藺笠(四句神歌 雑343)
 君が愛せし綾藺笠
 落ちにけり落ちにけり 賀茂川に川中に
 それを求むと尋ぬとせしほどに
 明けにけり明けにけり
 さらさらさやけの秋の夜は

美しい光景が浮かんでくる。この歌の解釈は幾つかあるが、私は次のように解釈する。
二人は夜通し話したり散歩したりした。しかし、突風が吹き、男が被って いた綾藺笠が飛ばされ、賀茂川に落ち、川中へと流れ、下流へ下って行った。それを取り戻そうと思い、夢中になって追っていったが、いつの間にか爽やかな秋の夜が明けてしまった。

「明けにけり明けにけり」という繰り返しが美しい、その上「さらさらさやけの秋の夜」という言葉も爽やかな秋の気候を歌って心に響く。

若い男女が二人で綾藺笠をさがしに行き、下流の鴨川にまで行った時に夜が明けたのである。二人で、河原を探しながら歩く、或いは走ることに何らの苦痛も感じない、そして寧ろ二人で笠を探す楽しさが現れていて、二人が若い事を想像させる。知らないうちに夜が明けたことが「明けにけり明けにけり」という句に表現されている。 『枕草子』では、春は曙、秋は夕暮れと述べているが、ここでは、秋の夜明けが清々しい風景として提示されているが、『枕草子』とは異なる観点を提示している。

この歌はYouTubeにも歌われている。桃山晴衣さんという方と初音ミクの双方の動画を張り付けておくので、是非聞いていただきたい。
桃山晴衣の梁塵秘抄「君が愛せし綾蘭笠」可児市でのライヴ
【初音ミク】君が愛せし綾藺笠【梁塵秘抄】

桃山晴衣の「明けにけり明けにけり」の音調子がとても美しい。
有名なその他の歌2首も紹介する。

遊びをせんとや生まれけむ(四句神歌 雑359)
 遊びをせんとや生まれけむ
  戯れせんとや生まれけん
 遊ぶ子どもの声聞けば
 我が身さへこそ揺(ゆる)がるれ

これも、初音ミクの動画を張り付けておきます。
【初音ミク】遊びをせんとや生れけむ【梁塵秘抄】

仏は常に居ませども(仏歌26)
 仏は常に居ませども
 現(うつつ)ならぬぞあわれなる
 人の音せぬ暁に
 ほのかに夢に見えたもう

この歌は難しい言葉などないが、解説が必要である。当方は次の様に解釈する。
仏典などを解読することなどできない私は、仏様が私の目の前に現れて、講釈してくれたらいいのにと思っている。
仏様は、何時も側らに居ると聞いたことがあるが、悲しい事に、私の前には現れては下さらない。
ある日のこと、祈りをした後に眠りにつきましたが、人の寝静まった明け方に、夢にほのかに仏様が現れました。

桃山晴衣の動画を張り付けておきます。
  桃山晴衣/仏は常に居ませども

尚、この歌には有名な替え歌が、同じ梁塵秘抄にあるので紹介しておく。
仏も昔は人なりき(雑法文232)
 仏も昔は人なりき
 我等も終には仏なり
 三身仏性具せる身と
 知らざりけるこそあはれなれ

さて、『徒然草』第十四段には、『梁塵秘抄』を評した言葉が残っているので、次に紹介する。
『梁塵秘抄』の郢曲(えいきょく)の言葉こそ、また、あはれなることは多かめれ。昔の人は、ただ、いかに言ひ捨てたること草も皆いみじく聞こゆるにや。
(『梁塵秘抄』の謡曲・はやり歌の言葉にこそ、情趣深いことが多いようだ。昔の人は、無造作に言った言葉でさえも、立派聞こえるのだろうか。)

『梁塵秘抄』の言葉は生き生きとしている。七五調やこれまでの、和歌の作り方に縛られずに、自由に表現しているからである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?