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おばあちゃんへの手紙 14-7


勇一は語を継いだ。


「おじいさんは、
自分の願いのためだけに歩かない
ということでコツを掴んだんだね。

みんなの幸せを願って
お地蔵様と同じことをして、
仏様と一つになろうとしたんだね。」


有木さんの表情が変わった。


すっと息を呑むのがわかる。

不思議なほど澄んだ目で
勇一がじっと有木さんを見つめている。

まっすぐな瞳の奥に
凪いだ海を思わせるような
突き抜けた静けさが漂っている。

それを有木さんが食い入るように見つめ、
何かを確かめていた。

次の瞬間、
有木さんは勇一を抱きしめた。

その目尻にはうっすらと涙を湛えながら
「長かった…」
有木さんはかすれる声で呟く。


「ようやく肩の荷が下りた。
そんな気持ちです。

私の心が納まり処を見つけて、
落ち着いていくのがわかります。

こんな幼子の姿をした
仏様にわかってもらえたことで、
寄り添ってもらえたことで、
私の心がようやく故郷に帰れました。」


有木さんは勇一の頭を撫でながら
ゆっくりと立ち上がると、
決然とした語調で言った。


「そう、やるだけのことはやった。
もう結果は求めない。
そのままでいい。
これからもそのままの気持ちを伝えていく…」


誠実と寛容と謙虚さを漂わせながら、
有木さんはもう一度
静かに我々家族に向かって合掌した。

「どうもありがとう。
素敵なひとときをいただきました。

このひとときが
これからの私の歩みを
また支えていってくれるでしょう。

皆様ご家族の無事の結願を
心より祈っております。」


「とんでもない。
我々の方こそ貴重なお話を
聞くことが出来ました。

これからの旅の支えになります。
本当にありがとうございました。」

私が深々と頭を下げてお礼を言うと、

隣で目を潤ませたままの愛が
振り絞るように訥々と言葉を発した。

「この納札、大切にします。」


有木さんはニコリと微笑み、
何かに気づいたように端然として言った。

「奥さんは随分と辛いことを
乗り越えてこられたようですね。

よく頑張ってこられた。
よく乗り越えてこられた。」


愛はハッとしたように顔を上げ、
堪えていた涙が溢れるように頬を伝い出した。

「なぜそのことを」と問いたそうな細君も、
もはや涙で言葉にならない。


「わかりますよ。

伊達に100回以上もこの霊場を
歩き続けているわけではありません。

奥さんの物腰佇まいには慈愛が溢れています。

それは辛い経験を乗り越え、
それでも前を向いて、
人を、家族を愛していこう
と誓った人にしか表れません。」

「ママのお母さんは、
ママが小さい時に事故で死んじゃったの。」


佳乃が遠慮がちに囁いた。

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