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おばあちゃんへの手紙 14-2

先についていた子供たちが
何やらお遍路の白衣に身を包んだ男性のご老人と
二言三言会話を交わしている様子だった。

「こんにちは」
私が近づきながら声をかけると、

子供たちが「これもらったよぉ」と
何かを握りしめて駆け寄ってきた。



その手に持つものをよく確かめてみれば、
金色の刺繍が施された錦の納札だった。


もはや我々のような白の納札ではなく、
金糸を使って綺麗な模様を織り出した
絹織物の札である。


納札は巡拝回数によって色分けされており、
1回からは白、5回以上は緑、8回以上は赤、
25回からは銀、50回からは金、
そして100回以上なら錦の納札となる。



名刺がわりに
遍路途上で知り合った人と交換したりするが、
その時、その巡拝回数の功徳にあやかれる
と言われている。




しばし呆然として、
その金色に輝く納札を眺めていると、
柔らかな微笑みと共に、
そのご老人が近寄り声をかけてきてくれた。


「この子たちの親御さんですか。」


思わず姿勢を正しながら答えた。
「はい。すみません、
うちの子たちがまた馴れ馴れしく。
何か失礼はありませんでしたか。」


「失礼なんて、とんでもない。
ちびちゃん達が、
自分らの札をくれるというもんで、
ありがたく頂戴して、
私の納札をお返ししたところですよ。」


するとすかさず勇一が、
「だってお遍路で知り合った人と
お札を交換するんだって
お父さん言ってたでしょ。」


勇作がその隣で指を4本立てて
得意のフォーピースをご老人に突き出している。

怖いもの知らずとはこのことである。


「あれ、僕は4歳なのかな。
小さいのにお遍路偉いね。」


まるで明日の天気の話でもしているかのような
気さくさで応じてくれているが、
こちらは冷や汗ものである。


このご老人は、
この過酷な四国八十八ヶ所遍路を
100回以上も回られている大先達なのである。



まさか本当に100回以上も…
たった一度きりの人生の間に
成し遂げることなど、
不可能であり、
人間業ではないと思っていた。



もし、いたとしても、
この1周目の私たちの旅の途中に
そんな方と巡り会い、
しかも納札を交換する機会を得るなどと
夢々思いもしなかった。

確かに、
子供たちには
出来るだけ多くのお遍路さんと
納札を交換したいとは言っていた。


持っている功徳をお互い与え合って、
どんどん増やしていく、
すごい方法なのだよ、と。


子供たちは
「あげたらその分減っちゃわないの?」
と不思議に思っていたが、


「功徳はロウソクの炎と同じようなものだよ。
炎を相手のロウソクに移していっても
自分の火が減ることはないだろ」
という説明に納得していた様子だった。

勇作も
「お誕生日ケーキのロウソク!」
と閃いたように声を上げていた。

「そう、一つの炎からロウソクの数だけ
どんどん増やしていけるよね。」


すると勇一がニヤリと笑って、
「OK!」と一言呟いていたが、

まさかだからと言って、
いきなりとんでもない人を引き当てたものだ。



うちの子供たちの引きの強さに
惚れ惚れしてしまう。


それにしても、
人の縁とはいつでも唐突かつ不思議なものだ。



私はこの不思議なご縁に
心から感謝の気持ちを表したく、
深く頭を下げながら言った。


「本当にありがとうございます。
こんな小さな子供の差し出す白札にまで
丁寧に対応してくださって…」


するとその言葉の先を制するように、
ご老人は話を繋いだ。

「いえ、
この小さな幼子たちが差し出す白札は
決して錦の札にも
引けを取るものではありませんよ。

その価値は
この空のように青く、広く、
この瀬戸内の海のように深く尊いものですよ。」

そう言いながら、
透徹した目が私を見つめてきた。



その優しい眼差しは老人の目というよりは、
どこか小動物のような愛くるしさがあり、

その目尻に刻まれたシワに反比例して、
ツヤツヤと輝いている。



私はふと、手の中の錦の納札を裏返した。



まず目に飛び込んできたのは、
そこに示されている願意だった。

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