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おばあちゃんへの手紙 外伝13

おじいちゃんありがとう

大空襲編3


そう言って僕は言葉に詰まった。

もし、その日の9歳の男の子の
小さな勇気と冷静さがなかったら。

恐ろしく強大な炎とともに一つになって
友達になり、そこに寄り添う暗闇を
味方にする賢さがなかったら。

きっと僕はここに生まれていなかった。
今の僕はいなかった。

 「ありがとう…。」

ようやくその一言が言えた時、

おじいちゃんは話し疲れてしまったのか、
既に寝息をたてていた。


また夢の世界に
戻っていとこと遊んでいるのだろうか。


どうか夢の中だけでも、
おじいちゃんとともくんとかずくんが
三人仲良く遊んでいられますように。

僕はそう強く祈って、
しわくちゃのおじいちゃんの手を
自分の手でそっと包んだ。

おじいちゃんの手はとても、あたたかだった。


その後も体調は一進一退を続け、
ちょっとだけ苦しそうにしていた時もあったけど、

「大丈夫、
苦しさと一つになっているから辛くない。」
と言っていた。



「痛い時は痛みと一つになる。
悲しい時は悲しみと一つになる。」

そういって苦しそうだけど、
でもどこか晴れ晴れとしたような表情で
僕を見つめて言った。


「いいかい、勇一。
そうするとよくわかるんだ。
良いことも悪いと思えることも
苦しみも喜びもすべては宝物なんだよ。」

「宝物?」

「そう、勇くんもいつかきっと気づくよ。
この世のすべてが宝物、
すべてが愛なんだって。」



それから数日後、
おじいちゃんは眠るようにして亡くなった。

朝、いつものように
僕がおじいちゃんの枕元に様子を見に行き

「あぁ、まだ寝ているな」と思いながら
そっとおじいちゃんの手に触れると、

それは吸いつくように
ひんやりと冷たくなっていた。

「えっ」

僕は思わず声をあげた。

「おじいちゃん!」
大きな声が出た。

どう見ても穏やかに眠っているような表情だった。

ただ、昨日までと決定的に違っていたのは、
その体温を失くした冷たさと透明感だった。


あの夏の日のセミの羽化のように
透きとおるような透明感が
おじいちゃん表情にはあった。


僕の大声に気づいた
お父さんとお母さんも慌てて駆けつけてきて、

おじいちゃんに呼びかけていたが、
もう二度と
おじいちゃんが目を覚ますことはなかった。

お父さんもお母さんも
しばらくは取り乱していたけれど、

僕はできるだけ落ち着いて
冷静にいようと努めた。

おじいちゃんが
そう望んでいるように思えたから。

時に悲しみの波が
津波のように頭の後ろから
突然襲いかかってくる時もあったけど、

そんな時は、
いつものように深呼吸をして
心のスペースを一所懸命に作った。



大空襲の炎の中で
わずか9歳の男の子がそうしたように、

僕も悲しみの炎に飲み込まれることなく、
悲しみや恐怖といった迫り来る感情と
一つになろうと集中した。


悲しみは敵じゃない。

悪者でもない。

悲しみは、ただ悲しみなのだ。


悲しみを嫌がることなく、
ただ寄り添うことができたら、
一つになることができたら、
きっと喜びとも出会うことができる。

だって喜びも悲しみも
本当は別々のものではないのだから。


だってそうでしょ、
おじいちゃんの死の悲しみは、
おじいちゃんと一緒に生きてこられた生の喜びを
確かなものにしてくれているんだから。



僕は決めた。

南蔵院で教わったように、
これからは心の中のおじいちゃんに
いつも報告していこう。

心にふとおじいちゃんが浮かんだら、
そこにおじいちゃんがいるのだから、
その都度その都度、
どんな小さな出来事でも話しかけていこう。

学校に行く前には
お仏壇の鈴を一つ鳴らして
「いってきます」と、

帰ってきたら鈴を二つ鳴らして
「ただいま」と。

お仏壇の前に行けなくたって
僕の心の中には、

おじいちゃんの孫に生まれて、
少しの間だったけど、
おじいちゃんと同じ時を過ごせて、
とてもとても幸せだったよって。

おじいちゃん、ありがとう。



おじいちゃん、ありがとう。

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