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あなたとドライブ、という話

町の不動産屋に勤めていた。
サザエさんの花沢不動産みたいな。

お客様を物件に案内したり契約書を作ったり、入居後の管理をしたり、家賃支払いが難しい時には相談してもらったり。
これは入居 退去 不動産にまつわるエトセトラの話である。

その日、私はとても暇だった。
その日どころか その前の日もそのまた前の日も暇で パソコン内の使わない物件写真を消したりしているうちに眠く虚ろになって必要な写真まで消し去ってしまうなどの不毛な作業をしていた。

「知り合いが見たい物件あるらしいから、行ってやって」

なので、上司の佐藤が そう言ったときは「よしきた!」と会社を飛び出した。

物件内覧は車で移動し案内をすることがほとんどだ。
事務所に来てもらって条件が合う物件を何軒か一緒の車で見て回るのだが
「これだ!」という物件の指定があれば そこに現地集合でも駆けつけるし、遠方からお越しの場合は駅まで車でお迎えに行くこともある。

で、今回のお客様 山本様の場合は自宅に迎えに行って事務所で話を聞いて条件に合う物件へと案内する、ということらしい。
上司 佐藤が自ら赴かないということは、知り合いの知り合い位なんだろう。

車で10分ほど走った先のアパートが山本様のお宅であった。
チャイムをならすと70代位だろうか橋田壽賀子似のご婦人が「どうもね」と出てきた。

さて、一度事務所へ。とエンジンをまわしたところで山本様が「まずは友だちを探したいから行ってほしいところがある」と言い始めた。

まずは?
家探しではなく?友だちを?

とは思ったもののノーとは言えない社会人なので一応行き先を聞くと
「一番パチンコ屋」
パチンコ屋かぁ。まぁ、あまりここから遠くないので寄りましょう、ということになった。
路駐、とはいかないのでパチンコ屋の駐車場に車を入れると山本様はサッと降り立ち店内へ駆け入った。
10分程すると「ごめんね、いなかったから二番パチンコ屋の方へ行ってくれない?」と言い出した。

二番パチンコ屋も車だと10分以内では、行ける。じゃあ、まぁ行きますか、と向かうことにした。
やはり駐車場に車を入れると 同じように山本様は駆け出し、やはり10分程で「いない。三番パチンコ屋へ」と帰ってきた。

私はパチンコは打たないので分からないが、もしかして店内でパチンコしてるのだろうか?10分で?と考えながら4店舗を回ったところで「今日は疲れたから帰るね。」とお迎えに行ったアパートへ連れて戻って欲しい、とのたまった。

午前中をまるまる潰した上、一軒も案内していないのでは上司 佐藤への報告はかなりマズイことになる。
しかもパチンコ屋を巡っていました、などと何と言いづらいことか。

しかしこの時、既にお昼を回っており お腹もすいてきた。
ここは素直に解散し、こんな訳の分からない橋田壽賀子を紹介した上司には非難を込めた報告でもすればいいか、とアパートへ連れ戻ることにした。

駐車し先に降り、車の扉を開け山本様を降ろし見送ろうとしたそのとき
ギュッ
急に握手を求めてきた。
と思いきや千円札を握らせてきたのだ。
三枚。
三千円。
「今日はお世話なったから!ガソリン代もかかっただろうし受け取って!」

気遣い今!?
もっと他に気遣うところ沢山ありましたよ。

「いや、受け取れません。何のお金かわかりませんし」
と暫く押し問答になったが、業を煮やした山本様が「いいから!」と開いていたウィンドウの隙間からサッと助手席にお札を投げ入れ去っていき、このやり取りは終了した。

なにがなんだか分からぬパチンコ屋巡り後のなにがなんだかわからぬ三千円。

戻るとありのままを上司に伝え、契約も何も物件条件すらわからぬまま解散しましたよ、と開き直った。
タクシー代わりに使われたか…と呟かれた。

三千円は経理に託したが、どういう項目の売り上げになったのかは不明である。


後日、営業の電話を一応掛けてはみたが「今はまだこの部屋でいいから」と物件紹介は断られた。

何から何までどういうこと?
でもドライブで暇はつぶれたな、という話。


気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。