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春は引越し

高速道路を運転しているとたまに「バック確認出来るのだろうか」と後ろに着くのが怖くなるような量の家電やなんかの荷物を乗せた乗用車を見かける。

なにも知らなかった頃の私は「夜逃げの最中か」など揶揄していた。

そう我が身に降りかかるまでは。

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2020年3月、我が家は夫により大阪から関東への引っ越しが宣言された。
転勤である。

引越し費用のみ会社負担なので、手配された業者が見積りを取りに来るのを待つ、つもりであった、が指定された日時 私は歯医者に行くので夫と一歳の娘に後を任せ家を出た。

奥歯の麻酔が取れないまま家へ戻ると客人は既に去り、寝室から溢れるほどの段ボールと緩衝材が残されていた。

「どうだった?」と聞くと
「荷物搬出日は4月の3日に決まったけど搬入日は決まってないよ。もしかしたら引越し先への搬入は2、3日遅れになるかもって。」などと不吉なことを伝えてきた。

この時期は引越しのピークを迎えるため、業者確保自体が大変な上に、業者を捕まえたとしても人手の関係で荷物の運び入れがスムーズに出来ないらしいのだ。

2、3日、家具も家電もない家で一歳児を抱えて生活するのはなかなかハードである。
「その2、3日ホテル住まいする?」という案も出たが、新居探しと契約で関西~関東を既に2往復し大金を使っているので出来るだけ節約したい。
どちらにしろ担当の岩崎さんが明日中に連絡をくれるのでその結果を待つことにした。

ところが翌日、いくら待っても岩崎さんから連絡が来ない。「引越し時期で忙しいのだろう」と夜の9時まで待った。
待ったところで、いくら残業していてもこの時間に客先に連絡は入れないな、と その日を諦め翌日の午前中まで待って連絡がなければこちらから電話をすることにした。

当然、翌日午前中も岩崎から連絡はなく、どうなっているのか電話をすると
「すみません、日程の調整がつかなくて荷物の搬入、6日後とかになっちゃいそうなんですけど、まずいですよね。どうしようかなぁ、と考えていたんですよ」と一応 申し訳なさそうに伝えてきた。

いま、なんつった?

「6日後で良いわけない」
と伝えたところで、どうにか出来そうな力は岩崎には絶対にない。そう思わせるだけの力弱さがある。
「もう少しがんばってみます」と全く信用ならないセリフで電話を終わらせた岩崎に期待するのは早々によした。

そして、やはりどうにもならず搬入は6日後になると決まった。

空っぽの家で6日間どう過ごすか。
4月の関東は私たちを暖かく迎えてくれるのか。
不安しかない。

こうなったら当日からすぐ使うものは私たちの移動手段である車で共に運ぶしかない。
積める荷物は限られる。
当面の着替え。パジャマやスーツ。バスタオルにドライヤー。
何らかの調理はするだろうから包丁、まな板、お皿、コップ等。
コンロとレンジを運ぶのは諦めてホットプレートを持って行くことにした。
お湯は必要なのでタイガーのとく子さん。
布団は子どもの分だけ。親は寝袋。と試しに使ってみたら背中にとんでもないダメージを受けそうだったのでニトリで一番安いマットレスを購入し、入居日に配達されるよう手配した。
マットレスを敷いて寝袋を使うことにする。
冷蔵庫代わりのクーラーボックス。
中に入ることになるマヨネーズやケチャップ等の使いかけの調味料はやはり入居日に配達されるよう引越し前日にクロネコに持ち込みクール便で手配した。
照明器具とエアコンは新居に備え付けの物が一個ずつあるので夜は、その下に集うことにしよう。
これでいくしかない。
車はパンパンだ。
ところでこれで職質などされたら銃刀法違反になるのだろうか?
デスノート作者の事件が脳裏をよぎる。

出発の日は大家さんに「いい人からどんどんいなくなる」と葬儀で使うようなセリフを頂きながら見送られた。
私だって、行きたくはない。
向かう先は安住の地などではない。
ホットプレートにとく子さんと寝袋で過ごす屋内キャンプ地なのだ。

もし高速道路で荷物一杯の乗用車を見かけたら、そういうことなんだと見守って欲しい。
あと、煽りは絶対に止めた方がいい。彼らは包丁を持っている可能性が高いので。


岩崎の敬称は私の心情とともに変化しています。

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