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2人の悪魔 SS

炎を踏み締める



みし、と硬いものが軋む音がする。
フェニは己の頬ツノの上からかけられる圧力に密かに怯えていた。ハーゲルの足は薄いのだが男性型なりに大きい。その足の面全体でフェニの頬を覆う外郭を踏み砕くのではと思うほどの力がかけられている。微かに見上げた先では、深淵に浮かぶ緑がやけに楽しそうに揺らめいていた。

事の発端は、いつものように土床に座り込んだフェニが椅子に座るハーゲルに足が綺麗だなと褒めた事から始まったように思う。一瞬虚をつかれたような表情をしたのも束の間、すぐに何やら悪いことを思いついたかのような顔で笑ったのである。
それからはあれよあれよと寝転がされ、すすすと椅子を寄せてきた男はなんの予告もせずにフェニの頬外郭へ足をかけたのだ。

「っ、ぐう……!」
「ハハ、ほォらどうだ?お前が褒めた足で踏み躙られる気分は」
「つ、冷たいとしか…!ていうかクソ強くねえか!?ひいっ、ミシミシ言ってんだけど……!!」
「ああ、お前のツノはいい素材になりそうだよなぁ。高く売れるかもしれない」

なにせ喧嘩っ早い男のツノともなればそれだけで酒がたんまり飲めるかもしれない、と更に言い加えてカラカラと笑う。
その笑みはフェニからすると恐怖の対象そのもので、「本当にやりかねなさそう」という印象を更に植え付けただけだった。証拠と言うべきか、ハーゲルの足先は器用に力をかける面を変えてツノ全体に満遍なく力がかかるように動き回っているので、細くなっている先端から微かに薄い破片が口の端へ落ちた時には思わず体がのけぞった。そんな反応に対しても、特に何を思うこともないのか、「積極的に折りたくないならそう動くな、なァ」とくすくす笑みを溢すばかりであった。

「……内側からの方が折りやすいのか?」
「や、やめ…」
「お前の力なら僕を振り払ってねじ伏せてでも逃げることができるだろうに、なぜそれをしない?それが答えだろう、駄犬が」

こうも簡単に飼い慣らされてしまって可哀想だなぁ?といつにも増してわかりやすく、それはもう喜色満面というべきだろうか。それくらいの声色と表情でこちらを煽るので図星すぎる心持ちを少しでも隠すためにぎゅっと目を閉じた。

「傷も綺麗に治してくれちゃってまぁ」

首に開いているエラを斜めに切り裂くような見るも無惨な引っ掻き傷はフェニが見たハーゲルの夢の中で完治してしまったのだが、フェニがそれを話していない以上、この顔面を蹂躙する男が知ることはない。

「お前も体から血を流すことがあるんだなぁと思ったもんだよ、ちゃんと生き物だったようで何よりだ」

ハーゲルの爪はフェニのように尖ってもいないし鋭くもないが、男の能力でいくらでもその手が凶器になり得ることをよく知っている。…何度この身で思い知らされたことだろうか。

「お前も、お前のツノも、この手で壊して崩れてしまってしまえば……魔界の屑共もお前を追って僕の住処を荒らしたりはしないんだろうがなァ…」

ひや、と足の裏から雪に横たわっているかのような冷たい冷気が伝わってくる。目を瞑ったまま、気がついたら氷漬けになっているんじゃないかと考えて尾の先までしびびと寒気が走った。
新しい言葉が落ちてくると思って身構えていたのだが、その時はいくら経っても訪れない。足が乗っている場所をそうっとずらしながら頭上の様子を窺えば、喜びに満ちていた目はひたりと閉じており、それがなければ死んでいるのかと錯覚するくらい微かな寝息を立てて静かに眠っている男の姿があった。その様は以前子供向けの本で読んだ女王の雪像のようで、思わずつんつんと踵の先を刺激する。それでも男は眉間に皺1本寄せもしなかった。
その様子になんとも言えぬ気持ちになり、この隙に抜け出してしまおうかとも思っていたのだが、椅子に腰掛け足を組んだ男の姿勢は、奇しくも己に乗せていることで均衡が保たれていた為、渋々息をしやすい腹の上へと移動させると大人しく家主の目覚めを待つのだった。


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