たぶん5分のスピンオフ①
【たぶん5分の物語③ 女子高生ユキ】
「APD?」
「はい、聴覚情報処理障害で間違いないでしょうね」
「それって治るんですか?」
「APDの症状は人それぞれで、はっきりとした原因も分かっていない現状ですからコレといった有効な治療法がある訳では無いんですよ」
「じゃあ孝之は一生このまま?」
「孝之くんの場合、多人数で一度に話しかけられない限り言葉として認識できる訳ですから、視覚情報の処理能力を上げる訓練を続けていけば、そこまで社会生活に困る事は無いと思いますよ」
「訓練を続ける…」
「まだまだ一般認知度の低い症状ですが、支援の団体やサイトなども有りますのでご紹介しておきますね」
落ち着きの無い子だと思っていた。
人の話を聞かず自分勝手に動き回る子だと。
まさか、聴こえていなかったなんて…
この子にとってこの世界は、半分も言葉をかけてくれない寂しい世界だったなんて…
何で今まで気づいてあげられなかったんだろう…ごめんね、ずっとずっと寂しかったよね?
私に出来る事は何だろう?私がしなければならない事は何だろう?
☆**☆**☆**☆**☆**☆**☆**
「あっ、斉藤さんおはようございます♪珍しいですね?今日は遅番なんですか?」
「ユキちゃんおはよう。うん昼間ちょっと用事があったから」
「大丈夫ですか?何だか凄く元気ないみたい」
「えっそう?そう見えるのか…いけないいけない。大丈夫だよ元気だから」
「え〜何か凄く無理してるみたい」
「そんな事ないよ、私は元気!もっともユキちゃんの元気には敵わないけどね」
「ユキの元気に敵う人はいませんよ〜ふっふっふって!何か馬鹿みたいじゃないですかぁ」
「ふふっ、ありがとう。ユキちゃんと話していると本当に元気が出るわ」
「おお〜ユンケルみたいだねワタシ」
「それも高いやつね!」
「うそ、高いやつ?やったー!」
お世辞ではない。この子は本当に元気を分けてくれる。話す時にはじっと顔を見つめてくれるから、彼女の笑顔についつられてしまう。
これはもう、ひとつの才能だとさえ思える程。
「それじゃ斉藤さんまた明日ね〜♪」
笑顔で手を振るユキちゃんのカバン、そこで揺れているキャラクターについ先程の記憶が揺さぶられる。
「ユキちゃん、それって…」
「えっ?ああ可愛いでしょコアラちゃん♪」
「そのマーク、もしかして」
「斉藤さん知ってるの?これ私はAPDですっていうマークなんだけど」
「ユキちゃんAPDなの?」
「そうそう、でも斉藤さん良く知ってるね?」
「孝之、息子がそう診断されて…」
「えっ!そうなんだ。幾つだっけ?」
「7歳、小学校に入ったばかり」
「良かったね!」
「えっ?」
「普通はさ、APDって中々判らないらしいよ?社会人になってから気づく人が殆どだから、子供の頃はイジメの対象になりがちみたい」
「イジメ?」
「うん、私も先生の話とか全然聴こえないし、友達がワイワイ話しているともう訳わかんないから、いつも1人ぼっちだったもの」
「ユキちゃんが?」
「そうだよ、でもね中学3年の時にAPDなんだって分かって凄く救われたの」
「救われた?」
「うん、私がみんなと違う事をちゃんと知れたから。もう堂々と私はこうなのって言える様になったから」
「堂々と言える…」
「お母さんとかはさ、何だか凄く謝るもんだからびっくりしちゃったけど、これって誰のせいでもない事でしょ?鼻が低いとか、目が小さいって言うのと同じように私の個性ってだけだもんね」
「ユキちゃん…」
「APDって分かるまでは寂しかったけど、分かった途端に全部認められた気がしたよ?凄く素敵な友達も出来たし。だから孝之くんだっけ?そんなに早く分かって本当に良かったよ」
「良かったのかな?」
「当たり前じゃん、経験者が言うんだから間違いないよ。だから、斉藤さんは責任とか悲しいとか考えずにAPDはあなたの個性だからって励まし続けてあげてね♪」
「ユキ…ちゃん…」
「あっ!いけない、友達待たせてるから帰りまぁす。斉藤さんまったね〜」
ユキちゃん…あんなに明るくて、元気いっぱいでいつもじっと見つめてくれ……
そうかあ、凄いなぁ彼女。
うん、落ち込んでなんかいられないね。
孝之がAPDも自分の個性だと思える様に、ユキちゃんみたいにみんなを笑顔に出来る人になれる様に、私ももっともっと笑顔でいなきゃね!
「遅いよユキ!」
「も〜う、ユキが観たいって言いだしたんだからね!」
「ごめんごめん」
「字幕版じゃないとユキが楽しめないからさ」
「そうだよ、吹き替えの方が楽ちんなのに」
「ありがと〜♪やっぱり最高の友達だよね」
「やめろや」
「恥ずい」
「やだーやめなぁい♪」
戯れ合うようにはしゃぐ彼女のカバンでは、ボールチェーンで吊るされた大きな耳のコアラが楽しそうに揺れていた。 end
APDのマークってどんなの?
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