たぶん5分の物語②
dear my friend
冬休みを最後にばんちゃんは姿を消した。
ばんちゃんと初めて会ったのは、お母さんと2人だけの暮らしが始まって新しい学校に転校した時だった。
ばんちゃんはとても痩せていて色が白く左目の周りに大きな青褐色の痣があったので、クラスの皆んなからガイコツガイコツとからかわれていたんだ。
ボクもあの頃上手く言葉を話す事が出来ずにいてリピートってあだ名で呼ばれていたから、昼休みになると教室に2人だけ取り残される事が多かった。
かと言って2人で仲良くなる訳でも無く、ただぼんやりと校庭のクラスメート達を眺めていたっけ。
街中にクリスマスカラーが溢れ出し、後少しで冬休みになる頃、ボクは神社の裏にある林の中でアカリという小さな猫を飼っていた。
本当は家に連れて帰りたかったけど、毎日朝早くから夜遅くまで働いている母さんに猫が飼いたいなんて我儘は、とてもじゃ無いけど言い出せなかったから。
せっかく学校が休みになっても母さんは忙しいままで、ボクがひとりぼっちのクリスマスを迎えた朝に雪が降り出した。
ボクはアカリの事が心配で、ビニール傘とバスタオルを抱えて急いで神社に走りだしたのさ。
裏の林に分け入るとそこにばんちゃんがいた。
「ば、ば、坂東くん?」
ボクが声をかけるとばんちゃんは少しびっくりして振り返り
「三峯くん?…もしかして三峯くんの猫?」
そう聞くもんだから
「う、う、うん、ボ、ボクが毎日え、餌をあげているんだ」
そう答えると
「可愛いね、茶色のシマシマ凄く可愛い」
なんて言うもんだからボクは得意になって
「そ、そ、そうでしょ?か、か、か、可愛いでしょ?」
自慢げに言ってみた。そしたら
「ボクね、生まれ変わったら猫になりたいんだ」
ばんちゃんは不器用に笑いながらそう言って
「だって猫ってとても自由で可愛くて、皆んなに愛されてるでしょ?ボクはこんな痣があるから、誰も友達になってくれないもの。だからボクの夢は、生まれ変わって猫になる事なんだ」
ボクはそう話すばんちゃんに思い切って言ってみた。
「ボ、ボ、ボクもと、友達い、い、いないんだ」
ひとりぼっちだった2人が友達になるにはそんな告白だけで十分だった。
だからボク達は、それから冬休みの間ずっと一緒にアカリと遊んだんだ。
冬休みの最後の日、ボクは熱を出して神社に行けなかった。
でもばんちゃんがきっとアカリと遊んでくれていると思うと何だかとても安心で、友達っていいなぁ学校が始まったらばんちゃんと校庭で遊ぼう!なんて考えていたのに…
始業式の日ばんちゃんは学校に来なかった。
何で?熱が出たのかな?そんな事を考えていると先生が凄く悲しそうな顔をして
「みんなに伝えておかないといけない事があります。坂東くんが昨日事故にあって亡くなりました」
坂東くん?えっ?坂東くんが事故?亡くなりましたって何?死んじゃったって事?
「猫を追いかけて道路に飛び出し、車にぶつかってしまいました。とても悲しい事ですが、みなさんが同じような事故に…」
何も聞こえない。先生の声も、クラスメートのざわめきも、何も、何も聞こえない…
どうやって歩いて来たのか、気がつくとボクは神社にいた。
アカリの為にばんちゃんと作ったダンボールの家はそのままなのに、そこにはアカリもばんちゃんもいない。
どうして、どうして世界はこんなにも残酷なんだろう?
優しかったお父さんはある日突然いなくなり、あんなに明るかったお母さんはため息ばかりついている。
ずっとひとりぼっちだったボクに初めて出来た友達は、さよならも言えないまま死んじゃった…ははっ…ふ、ふふっ、く、く、んっ…
ガサッガサガサッ…「ンニャ〜」
「アカリ!」………じゃ無かった。
「ニャ〜ンニャ〜ゴロゴロゴロ」
ボクの足に擦り寄って来たのは真っ白な猫。
左目に大きな青褐色のブチのある猫。
「ばんちゃんだ!ばんちゃんは夢を叶えたんだ!」
ボクは真っ白な猫を抱き抱えて走り出す。
お母さんに、お母さんに伝えなければ!
家まで駆け足で帰り着くと、夜勤明けで疲れた顔のお母さんに夢中で喋りだした。
「お母さんボク何でもするから!お手伝いだって勉強だって一生懸命するから!だから、だからこの猫を家で飼わせて、お願いします!」
自分でも信じられなかった。こんなにちゃんと喋れるなんて……そしたらお母さんは涙をポロポロ流しながらボクをぎゅっと抱きしめたんだ。
「ちゃんと、ちゃんと話せるのね。えらい、えらいよ」
ボクが苦しくなるくらい強く抱きしめるお母さんは、何だか凄く嬉しそうでボクもそれが嬉しくて、涙がポロポロ溢れてきた。
そんなボクらの足元に、ばんちゃんは喉をゴロゴロさせながら擦り寄っていたっけ。 end
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