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短編小説「帰性物語」

「帰省は楽しいけど、帰るまでが面倒なんだよなぁ」
「いやいや、家を出た時点で''帰性物語''は始まっているから。良くも悪くもね」
「どういうことだ?詳しく聞かせてくれ」





東和ハイツ――僕の家からバス停までは近いようで意外と遠い。そう、意外と。そのせいでバス停に行くときはいつも、時間配分を誤って途中で走ることになる。
今日もそうだった。真夏とは言えど、太陽に十分照らされた後の午後二時は一日で最も気温が上がる時間帯。僕は汗だくになりながらバス停に辿り着いた。しかし、時間になっても一向にバスは来ない。ああ、ついてないなぁ。
やっと来た、と思ったが水戸行のバスだ。水戸行は遠回りだ。いつも帰省をする際は、赤塚行のバスに乗っている。だが、これ以上待つのは面倒だから諦めて水戸行に乗ることにした。
なぜ赤塚行のバスは来ないのか。そうか、思い出した。赤塚行に乗るにはブックエース側のバス停を使う必要があったのだ。ああ、ついてないなぁ。でも、列の先頭で待っていたため座れた。

バスが発車した。僕のやるせない気持ちと乗客を乗せたバスは次のバス停で止まった。

僕の心臓も止まった。可愛い女の子が乗ってきたのだ!可愛いと言っても顔は見えなかったのだが、さらさらで透き通るような長い茶髪、薄いベージュのニット、インディゴブルーのジーンズ。後ろ姿だけでも可愛くて美しいことが目に見えた。しかも、僕の座っている真横に来た。バスはほぼ満員だからだろう、彼女との距離はゼロセンチメートル。こんなことなら、良い匂いのするワックスを付けてくれば良かった。後悔の念に押しつぶされた。代わりに少し寝癖のついた自分の髪の毛を握りつぶした。

バスが激しく揺れて僕に飛びつきラブコメ展開!みたいにならないかな。なんて、漫画のようなことは起きるはずもなくバスは安全運転で運行する。
女の子が停車ボタンを押した。もうお別れの時間か。でも、彼女が近くにいただけで僕の心臓のメトロノームは壊れかけていた。久しぶりにドキドキしたよ。ありがとう。でも最後に顔が見たい。人間の好奇心は恐ろしい。窓に映る彼女、自分のスマホに反射する彼女を覗くように見る。しかし顔はわからない。

諦めかけてた矢先、バスが急ブレーキをかけた。それに伴い、乗客はふらつく。もちろん、彼女もそのうちの一人だ。そのとき、僕の足を踏んだ。メトロノームは壊れた。突然の出来事でわけも分からなかったが、なぜか僕の体は悦んでいた。僕が生粋のMという意味ではない。誰だってそうなるはずだ。
彼女は体勢を直した。そして、綺麗な髪をなびかせながら僕の方を向いて、こう言った。

「ごめんなさい」

男だった。見た目からは想像できない低い声、凛々しい眉毛。もう一度言う。男だった。というより、オトコの娘だった。

言葉を失いかけたが、返答しなければいけない。我に返った僕はこう言った。

「こちらこそごめんなさい」

知りたいことはたくさんある。でも、知らなくていいこともあるのかなあ。

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