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神話詩「ヒュアキントス讃歌」

表題のヒュアキントスはギリシャ神話に登場する少年の名。太陽神アポローンに愛されたが、2人で円盤投げの遊びに興じているさなか不運な死を遂げる。少年から流れ出た血が花を象り、これがヒヤシンスの起源と伝えられている。

「ヒュアキントス讃歌」

 あのとき喘いでおけばよかった
 風はひとふき
 微笑みを交わすように
 あらゆるものを奪い去る

 白日にさらされた情火は
 承認の嵐だった
 そこから始まるはずだったのに
 あらゆるものは、もう奪われた

 円盤の落ち
 瞬きのうちに慄きもなく
 砕け散る岩石と等しく
 弾けたわたしの生、が
 だれかの生に取って代わられたのを
 知るのはずっと後のこと

 うららかな小丘に
 風はまた気ままに訪れ
 二重螺旋のメロディに乗せ
 ひとびとの生を
 勝手に編纂して、去った

 その下で
 額から流れ出す血が
 歴史の代わりに声を上げている
 始まらずして終わることばかりだ、と

 時制よ狂い咲け
 この身を押し花にされる前に
 愛された日の残り香よりも
 ひたむきだった生の断片

 時制よ狂い咲け
 述べられなかった想いを今に
 愛する人の悲嘆などより
 ずっと切実だった詩(うた)

 今もなお
 血を流している
 花など咲かせまいとして

【参考文献】
オウィディウス著、中村善也訳『変身物語(下)』(岩波文庫)
オウィディウス著、高橋宏幸訳『変身物語2』(京都大学学術出版会)

#詩 #ポエム #神話 #note神話部

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