老婦と僕の秘密【エッセイ】
「はい、これ、いつもの」人目がなくなったタイミングを見計らって、そのご老婦は紙袋を差し出してきた。僕はわざと申し訳なさそうな態を見せて受け取り、その場で中身を一瞥してほくそ笑む。「いつも、すみません」11月の賄賂、恒例行事である。
ご老婦は大事なお客様。僕は彼女に定型のサービスを提供し、彼女は店に正規料金を支払う。しかし僕らの関係はそれだけに留まらない。彼女は僕の深いところまで知り尽くしており、その「脛の傷」のような部分まで愛してくれる。賄賂など溢れ出る愛情の一端に過ぎない。店には報告していない。特に禁止されていないし、何となく彼女との懇ろな関係と自分の「傷」を象徴するその賄賂を晒すのがイヤだからだ。
彼女が去った後で、紙袋を開けて中身取り出す。例のブツはさらにもう1枚の袋で念入りに隠匿されていた。ただその物理的な重みと、中でするジャラジャラとする音に、彼女の愛の大きさを感じる一方で、少しばかりウンザリした気持ちにもなるのだ。僕が内袋を開けると、そこには……
静電気除去ブレスレット
静電気除去ネックレス
静電気除去キーホルダー
って、今年は静電気防止スプレーもかよ
おい、ありがてぇな(T Д T)
でもこれ一体どうするんだよ!!!
白目を剥いたのはその夥しい数にだ。計20点もの静電気除去グッズが、ズッシリと僕の手にのし掛かる。金属部分のひんやりとした感覚がまた冬の到来を感じさせた。
つまり僕の「脛の傷」とは静電気マンという体質のことである。勤めている店は健全だし、ご老婦はどこぞの伯爵夫人でもなければ、危ない組織の変装諜報員でもない。ただ、毎年11月に行われる静電気除去グッズ贈呈式には、なんだか自分が男妾にでもなったかのような不思議な情趣があり、密かに楽しんでいるのは事実だったりもする。
ご老婦には4年前、ひょんなことをきっかけに静電気体質を知られてしまった。それ以降、この贈呈式は毎年行われている。
だが、僕のことを気遣ってくれる彼女にまだ言えてないことがある。それは……静電気体質が年々改善されているということだ。冬でもよく水を飲むようになったことは大きいが、最近は特に、衣類の素材を気にかけることでますます静電気を帯びずに生活できてしまっている。
衣類の組み合わせによって静電気を帯びやすい、帯びにくいがあるのはご存知だろうか?
静電気は摩擦によって発生する。その際、異なる素材のもの、特に帯電性の大きく異なる素材が擦れるときに、静電気は強く発生するようだ。たとえば、アクリルとシルクでは発生しやすい、皮膚と麻では発生しにくい、といった具合に。
そう短くもない人生を送ってきたので、自分の肌にはアクリルやポリエステルが合わないことを朧げに感じていた。そこでいっそ(+)側に振ってみたらどうかと思い立ち、衣類を綿中心からレーヨンに変えてみたのだ。これが功を奏して、静電気の不快を感じる頻度がだいぶ少なくなった。帯電性だけでなく、素材自体がしなやかで摩擦が少ないようにも感じられる。もしかしたら肌の帯電性に個体差もあるのかもしれない(有識者カモン)
ご老婦には大変申し訳ないのだが、頂いた静電気除去グッズのすべてが使われることはない。多くは写真を撮っただけで、次の年の贈呈式の際に捨ててしまう。これからはますますグッズに頼らないようになる気もする。ただこの体質の改善を、彼女に打ち明けることはないだろう。
夏休みに帰省した際、祖母は多くの料理やお菓子で孫を歓迎し、実は迷惑がっている孫も少なくないだろう。喜んだふりをしようが、迷惑な顔を浮かべようが、どちらでも構わない。それはただ「大事な時間」なのだ。いつまでも続いていくわけではない、いつかは終わりが来てしまう、貴重な時間。
ましてや彼女と僕は秘密を共有する仲なのだ。自らの手で情趣を断ち切る必要などどこにあろうか。
#エッセイ #冬 #静電気
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