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自分が自分であること

どうも〜澪音(れのん)です

今日のテーマは、自分が自分であること
なんか哲学的

ちなみに大学では哲学取ってません笑

どうでもいいことは置いといて。
最近思うんです。

自分が自分であることの証明なんてできない

だけど、私は私だしあなたはあなた。
この世界がある確証なんてないのに、あると信じて生きている。

なんて不思議な話だろう、って。


私は時々、現実と夢が混同するような感覚に陥ります。

見えてるのに見えていないような
見えていないのに見えているような

夢の中にいるような
目の前にあるような

簡単に、その時の感覚の1部を伝えると、距離感がわからない、とか、人と普通に話せない、とか。

でもそれはそれで違うんです。話せるんです。
というか、話せないことを悟られないように必死に普通に話します。
しかもバレてない。

だから、私がおかしい時に周りにおかしいと気づいてもらえない。

手を伸ばした所にあるはずの物がほんの数センチ遠かったり、近かったりもします。

それはもしかしたら自分が体を少し引いてるのかもしれないし、近づいているのかもしれない。

その感覚が鈍るんです。


伝わるかどうかわからないですけど、
正座をすると足が痺れる感覚あるじゃないですか。

痺れてるままもう少し正座していると、足が一回り大きくなったような、膜があるような感覚になるんですよ。

これが私だけなのか、人間の性質なのかはわかりませんが、是非1回試してください笑

その、一回り大きいような膜があるような感覚が、脳にある感じです。

脳が痺れてるって言うと誤解を生むかもしれませんが、どちらかというと

脳が痺れを切らしてる

って感じです。
うーん、伝わったかな


長々と話しましたが、今日の本題は
自分が自分であること

そんな夢の中の感覚でいると、
ここが現実であることは理解できるけれど
現実であるという感覚がよくわからなくなるわけです。

そうすると、ふと思うんです。

さて、私は私であっていいのだろうか?
ここは夢の中で、現実は私ではないのだろうか?
だとしたら『私』はどこにいるのだろうか?

どちらも私であるけれど、どちらも私ではないような

私とは一体なんぞや?

時折町の高台で思います。
この世界は絵の中やおもちゃ、ゲームの世界で、私はただの物語を進める一コマ

いや、もしかしたらマンガに登場すらしないモブの中のモブ

もしくはいつか勇者となり魔王を倒すために力を蓄える操作をされているキャラクター

いやいや、その辺でお昼寝している所を描かれ時が止まった人間


それとも、本当にただこの世界で生きる者。


私たちが見える世界はとてつもなく小さい。
人間は陸の上で生活し、地球には海もある。
地球は太陽系のひとつの惑星であり、太陽系は銀河の、銀河は銀河系の...

私たちが知れるのはそんなちっぽけなこと

銀河とか銀河系とかがすっっっごく大きいのは人間から見た景色で

それ自体が、もしくはそれ以上の何かが誰かに操られているもので、

だとすれば私たち人間は蟻よりもミジンコよりも小さくて
きっと発見さえされないだろう

地球が爆発したところで困るのは人間や強いて言うなら太陽系の惑星で

きっとその何かを操る誰かにとっては事故でも事件でもない、
その辺の紙を印刷する時に付いた、気にもならない程度の黒いインクのような存在なのかもしれない。


だとしたら私は、
私は一体何のために存在し、生きて死にゆくのだろうか

スケールがあまりに大きくて
私の想像についていけないかもしれないけれど、

結局のところ
こうやって、
考えて悩んで迷って笑って泣いて叫んで

そうやって生きていることが全てで

私が私である証なのかもしれない。

こんな想像とは裏腹に、
私たちの生きる世界は
刻一刻と変わり続ける。

自分探しの旅に出たい

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