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恋愛事変 その5 JK

    第四篇 JK

 JKのことは、もう忘れよう。
 彼女のことは、苦い思い出が醸し出すあのうっすらとした微笑、そのニュアンスだけがいつまでも空気のように漂い、部屋の片隅に残っているから。
 彼女のことは忘れよう。

 そう決心したものの、まだ、十代の俺には、荷が重すぎる。
 彼女とその彼との物語を語るほど、成長し切っていないのは、自分でも分かる。

 ある日の昼前近くだった。
 久しぶりに学校を訪ねると、ひどく人混みがして、どうやら学園祭だったのかと気付く。
「不味い」
 でも、入口にはこれと言ったデコレーションも看板もなかったのだから、この間の悪さは、俺のせいじゃない。
 幸い、マスクと黒縁の眼鏡をしているから、簡単には面は割れない、そう思い直して、中に入った。
 秋晴れのすかっとした空に、少し黄ばんだ銀杏の葉が揺れている。


 幸い、知った顔には出合わなかった。
 教室は避け、体育館にそのまま行った。
 ミスコンが開催されるらしい。
 午後一時からとある。
 十分ほど時間を持て余したが、中心から離れ、隅っこにさえいれば安全はある程度確保できることは学んでいた。

 最終審査に残ったのは八人、知らない子ばかりだった。
 エントリー・ナンバーと学年、名前(源氏名?もOKらしい)が読み上げられ、オウム返しのようにぺコン、ペコンとお辞儀をするのが、少し可笑しい。
 遠目には、それぞれの個性が目立たないように、変にぼかしが入った感じだ。
 近づきたいが、危険過ぎる。
 当然、彼女はいなかった。
 残念なような、当然のことのような。
 だって、彼女は、一年のとき、グランプリを取っているのだから。



 エマ、ミキ、アイリ、ミサキ、ジュリ、レンカ、ひまり、しおりの演技審査が行われた。

「あなたって、結構、自分勝手というか、傲慢なのね」エマが吐き捨てるように言う。
「そういうあなただって、相当なものよ」と、ミキが口を尖らせる。
「まあ、どうしたの、お二人さん。そんなにとげとげしてたら、せっかくのパーティーが台無しよ」アイリがなだめにかかる。
 親友のミサキのバースデー・パーティーなのだ。準備にどんだけ汗流したか。
「そうよ、アイリは、友だち思いのいい子なんだから」
 脇から口をはさんできたジュリは、含みのある物言いがなんとなく気に障る子だ。
「まあ、どうしたの。四人固まっちゃって、何か悪いことでも企んでるの」
 今日の主役のミサキは、能天気と言うか、思ったことをすぐに口にしてしまう。
「この唐揚げ、絶品よ。ジュシ―で、スパイスがんがんで、たまんない」
 レンカは、気の利かない子だが、あまり的は外さない。
「おいしそー、わたしにも頂戴」
 ひまりは、無邪気で、天然だが、少しお節介が過ぎる。
「いいな、みんな仲良くしちゃって」
 しおりは、ちょっぴり影のある子だが、腹黒いところは微塵もない。
「しおり、やめてよ」レンカが悲鳴をあげる。
「だって、それ、最後の一つだよ。泣ける!」
「いいじゃない、また、屋台で買ってくれば」
「もう、売り切れかもしんないじゃない」
「それは、悲劇だよ」とエマ
「ああ、もう、いやんなっちゃう」
「泣くなよ、レンカちゃん」とミキ
「泣きません、もう一つ食べるまでは」
「そんなことしてると、太っちゃうよ」とひまり
「いいのよ、どうせ、今のところは、彼氏はいないんだし」
「もう投げやりなんだから」とミサキ
「そうよ、夏が終わったからって、安心してたらダメ。出会いはいつだってあるんだから、秋だって、冬だって」ジュリの目はいつになく真剣だ。
「おどさないでよ」ひまりもなぜか泣きたい気分だ。
「まあ、いいじゃない。わたしが買ってくるから。少し待っててね」アイリが堪らずアッシー君を買って出た。
「ありがとう、アイリ」ミサキはやっと一息ついた気分だった。
「ありがとう」みんなの声が聞こえる。
 アイリは少し駆け足になった。

 以上が本日の台本になります。この前お渡ししたものと変更点はありません。
 一人二役以上で、話し合って、チームを二つ組んでください。
 ああ、喧嘩しないでください。
 お一人、お一人の演技を見るものですので、チームの評価は関係ありません。
 では、よろしくお願いします。



 演劇には可能性がある。
 可能性の芸術というやつだ。
 惨憺たる結果を予想したが、暗に相違して、なかなかの見ものになった。
 グランプリの結果は聞かず、早々に、体育館を出た。
 唐揚げのいい匂いが鼻を突く。

「JK」
「ジャクリーヌ、君はどうして他の男を愛せたのだろうか」
 それは、僕には、ずっと人生の最大の謎だと思っていたが、答えは案外身近なところに転がっているのかもしれない。
 ひとは変わる。それはひとが可能性の動物だからなのだ。
 諸行無常とか、諦めとかじゃないと思う。
 それは、未来を信じようとする心から来ているのだろう。

 手土産?替わりにフライドポテトと唐揚げを買うと、JKは嬉しそうに微笑んでくれた。
 もう、あの苦々しさはどこにもなかった。
 爽やかな風が銀杏並木を吹き抜けていった。

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