🍋🍯本編　第一部第七章　完成することがない言葉（1）

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※当話は、人々が揉めているシーンがあります。

　僕は、パズルやクイズが好きで、よくクロスワード雑誌を買う。その雑誌のクイズを解いて、懸賞に応募すると、抽選で色々な物を貰うことができる。折角だから、と妹が応募し、過去に数回当たったことはあるが、あまり欲しいものだったことはなく、チャリティーマーケットに回されたものがほとんどだった。

　行動に制限がなくなった今は、リゾートホテルの宿泊券が気になった。ここのところ、レモーノの勉強も兼ねて、彼に問題を解かせているのだが、彼の勤勉さが功を成しているのか、これまで応募したトースターとタオルセットは、二つとも当たった。
　今回も、レモーノに解かせたら、見事、宿泊券が送られてきた。

「レモーノがこの前解いたクイズのプレゼントが当たったよ」
「紙？　ああ、チケットだね？　そのチケットは、何ができる？」

　レモーノにチケットの説明をして、ホテルや旅行の言葉を教える。もう少し早く知りたかったと零したので、彼も野宿が好きだったわけではないようだ。メルバンカで誰かと旅行をしたこともないのだろうか。
　そうだったら嬉しいが、レモーノは物心ついた頃からの旅人だから、今こうして僕の隣にいる。彼に旅の仲間がいない方がおかしい。彼がしてくれた過去の話に嘘はないだろうが、全てを語られたわけでも、事実であると証拠があるわけでもない。

「この島は、天国に一番近い場所だって言われてるんだ」

　しょうもない嫉妬心に蓋をして、話を宿泊券に戻す。今、レモーノが、玄関先にも関わらず、身支度も半端のままに立ち止まって、僕の話に耳を傾けてくれる姿を信じよう。

「てんごく？」
「死んだ後に、魂が向かう場所……難しいかな？　とても心地がよくて、美しい場所だという意味」

　“天国”と言ってから、レモーノの死生観は、きっと僕とは違うものだと気付く。彼は、すぐ傍に死のある世界に生まれ、仲間とはぐれて、一度片足を突っ込んだ身だ。
　その割に、僕に命を捧げて、自分の死をいつでも望むといいと言う。狩りをして生きていたと言うし、料理の前は、精肉が本業だった。
　いつか、死生観のような、抽象的で哲学的な話をして、心の奥まで理解できる日が来るのだろうか。

「今回のプレゼントが当たったのも、レモーノの日頃の行いの良さだね」
「ボクは関係がある？」
「あるよ。君が頑張って、言葉を覚えたご褒美だよ」

　レモーノは、唇を内に巻いた。僕の話に疑問があるときの彼の癖だ。

「ミエルは、そのクイズのプレゼントが嬉しい？」
「え？　う、うん。嬉しい」
「なら、ミエルが頑張って、レモーノに言葉を教えたご褒美だ。二人の頑張りへのプレゼントだと思う」 

　何を疑問に思っているのかと冷や冷やしていると、返ってくるのは、眩しすぎる光だ。
　僕とレモーノの差は、ここである。彼は息をするように、僕の存在を意識に入れ、惜しみなく労い、自分たちは力を合わせて暮らしているのだと示してくる。言葉の壁が減るにつれ、人徳の差が顕著になってきた。
　相手が僕に喜んでほしいと思ってやっていることだから、僕は拒否しづらい。熱い紅茶の話をした日のことが、深く脳裏に刻まれて、レモーノの光に照らされる度に、チリチリと熱を生じる。良いことなのに、優しくしてくれるのに、受け止めきれない。そんな輝かしい想いを向けられても、何も返せないどころか、僕の心に濃い影が差すばかりだ。

「なぜ悲しい顔をしている？」
「え？　悲しい顔になってた？　ごめん、考え事してた」
「――ああ、ボクがミエルを褒めたからだね」

　心を読まないでほしい。その気持ちすら読み取っているのか、レモーノは困ったように眉尻を下げた。

「でも、レモーノと旅行ができるのは、嬉しいよ。それは、本当だ。子供の頃からずっと、遠くに旅行がしてみたかった。それに、レモーノと旅に出るのも、今の僕の夢だ」
「ミエルの夢が叶う？」
「うん」
「ふふ、それは良い。とても良いことだ」
「怒らないの？」
「えっ……な、何を？　怒る？」
「君のこと……自分の願望のために……」 

　普通は怒らないか。僕は何を怖がっているのだろう。
　懸賞が当たったことや、レモーノが二人の努力の成果だと言ったことを、素直に喜べなかった罪悪感が空回っている。

「ボクが怒っているように見える？　今、ボクはとても嬉しい。二人でクイズを解いて、君のしたいことができるのは、最高のプレゼントだ。体が熱くなっているけど、とても嬉しいだからで、怒っているだからではない」

　レモーノはそう言いつつも、眉間に皺を寄せて、自分の顔を掴んだ。
　また、やってしまった。ただ、当たって良かったね、旅行楽しみだね、と言えばいいだけのところで、僕は余計な心配をして、更にその原因をレモーノに押し付けた。レモーノは、自分の言動が間違いだったと思っている。

「レモーノは怒っていると思う、ミエルの理由は違う？」
「……うん。少し、ごめんの気持ちで、パニックになってる」
「わかった。手を繋ぐ？　座りたい？」
「ううん、抱き締めてほしい」 

　チケットを傍にある引き出しの天板に置くと、レモーノの胴に縋りついた。背中に腕を回して、逞しい肩に顔を預けると、目をぎゅっと強く閉じた。

「あの、君の気持ちを聞いていい？」
「はい」
「レモーノは、僕からお願いされても、怒らない？」
「怒らない。嬉しい」
「その、他の人のお願いと、違う？」
「違う。キミの“ありがとう”が、ボクはとても嬉しい。他の人と違う。ミエルのお願いは、お金や自分の食べ物のために引き受ける仕事ではない。ミエルがボクと一緒にいてくれることが、ボクの幸せだから、ミエルもボクと一緒にいて、幸せだと思ってほしい。ああ、でも、ボクができることを他の人にお願いしたら、それはとても怒るかもしれない」

　詩的なのに、どこか生活感のあるレモーノの言葉が好きだ。会いたい、一緒にいたいと、僕らがお互いに思うことが、彼にとって、自分の命を生きることと同じくらい大切なことだからだ。

「ボクもミエルの特別な人になりたい」
「レモーノは特別だよ」
「本当に？」
「本当に。キスしたい、ふれられたいなんて、君にしか思ったことがないよ」

　何を言ったらいい。どう行動したらいい。どうしたら、レモーノの言葉を純粋に喜べるようになる。彼の求める自分になれるのだろう。
　それとも、レモーノが怖いと、これ以上好きになりたくない気持ちの方が本心だろうか。もっと心を開いて、もっとレモーノを求めて、それこそレモーノがいなければ生きていけないかのように恋に溺れてしまったら。レモーノと進んだ道の先に、一体何があるというのか。

「ねえ、キスしたい。レモーノは？」

　みっともないほどに震えた声が出る。先の見えない未来と恋愛関係に震え上がる自分を捻じ伏せるように、半ば自棄にキスを強請る。

「今はしたいではない。手を洗って、歯を磨きたい。キスは、その後がいい」
「ああ、うん。僕も磨こうかな」

　そういえば、レモーノは帰宅したばかりだった。ハグを解くと、僕らは洗面所に向かう。
　どうしてレモーノは、動じないのだろう。自分も焦っているとは聞くが、その様子が言動に表れることが、少なくとも僕が見ている前ではない。そのことが輪をかけて、劣等感と相手のいない嫉妬を煽る。
　丹念に手を洗う彼の背中に、僕は暫く顔を押し付けた後、並んで歯を磨いた。少し冷たい、湿った唇の感触が癖になってきた。

　レモーノは、どこで覚えたのか、僕を抱き上げて、時折キスを交わしながら、キッチンまで歩くことができるようになった。キッチンに行くのは、二人でお茶を飲むための準備のためで、くっついている時間を無碍にしないようにしてくれているとわかっていても、恥ずかしさは拭えない。

「ミエルは、何が飲みたい？」

　本音を返してやろうかと思うほどに、爽やかな声で聞いてくる。性欲を燻らせているのは、僕だけだ。本心を抑えつけるほどに歪み、淀み、今にもはちきれて、醜悪な自分を垂れ流しそうだ。

「それでもいい」
「心を読まないで。少し暑いから、冷たい飲み物がいい」
「わかった。レモンの炭酸水にしよう。お酒は？　入れたい？」
「ううん、入れなくていい。でも、僕はミントの葉を入れる」
「美味しそうだ。ボクも同じにする」 

　飲み物を用意するレモーノに後ろから抱きつきながら、僕は彼の肩を戯れに噛む。よく見ると、うなじに汗が粒を成していたので、キスのふりをして、その雫を吸った。レモンの味はしなかった。

　お互いに大切で、特別な人になる。最近、それすら物足りなくなってきた。“大切”も“特別”も、他の人にも、物にも思うことができる気持ちだ。彼にとっての僕、僕にとっての彼だけになりたい。
　恋に溺れるのが怖いのではない。どうしたらいいのか戸惑っているのが、自分だけなのが嫌だ。自分だけが欲望や感情に振り回されている。自分だけが失態を見せている。一緒に同じ地獄に落ちてほしいのに、レモーノは、むしろ、天国に招待されるような人だ。
　レモーノが前に言ったように、僕らだけに通じる言葉がほしい。心も体も、何もかも同じになってしまえばいいのに。そう思いながら、彼の手を拒んでいるのは、僕だ。彼からの贈り物を拒んでいるのは、僕だ。一体、僕は何がしたいのだろう。

「レモーノは、僕には眩しすぎるんだよ」
「何？」
「人が良すぎる」
「ミエルはレモーノが嫌い？」
「そうでは……そうかもしれない……君を見ていると、自分が嫌なやつに見えてくる」

　こんなことが言いたいのではない。僕もレモーノみたいに、特別になりたい、全てを知りたい、苦楽を共にして、二人だけの何かがほしいと打ち明けたい。

「うーん、ミエルの難しい話だ。でも、そのミエルの行動は、ボクも知っている。キミはボクを見て、自分はダメだと思うための材料を探している。人に好きの気持ちを向けられないために、自分で自分を汚している」
「そういうことをさあ……そうなんだけど……」
「でも、ボクは大丈夫。ミエルが他の人ではなく、ボクを見るようになったことがわかる。ミエルのことも、ボクのことも、好きになってほしいけど、ミエルは好きの気持ちが怖いから、嫌いの方が安心できるなら、それでもいい」
「本当に？」
「少し嘘を言った。ボクを好きになってほしい。嫌いの気持ちは悲しい」
「わかってるよ。ごめんね。君の素直さに、嫉妬してしまった」

　僕ばかり、全てを見透かされている。せめてこの旅行で、まだ見たことがないレモーノの顔が見たい。少しでも対等になりたい。

　その僕の願いは、思ってもみない量と形で叶えられることになる。

「すごい！　海が見えてきた！　本当に緑青の海だ！」

　翌月、僕らは懸賞のチケットを使ってホテルを予約し、碧と黄金の浜辺へと向かった。海を目にすることは勿論、馬車を借りるのも、血の繋がった家族以外と旅行をするのも初めてだ。

「レモーノ？　聞いてる？　海だよ、海！」
「ごめん、椅子に夢中になっていた」
「椅子に！？　面白いの？」
「さわったことがない。こうすると、色が変わる。見てほしい、絵が描ける」 

　椅子の座面に張られた布一つで、こんなに盛り上がる人がいるのか。そう言われると、僕も面白くなってきた。
　メルバンカで海は見飽きているのか、装飾品が好きなのか、レモーノは、馬車の内装に夢中のようだ。そういえば、子供の頃に使っていたベッドを組み立て直すときも楽しそうだったし、知り合いの誰かが作ったのかという質問もされた。
　レモーノが、一人でもできることを二人でして、感じることを交換したら楽しいだろうと言ったのは、こういうことか。僕一人だったら、旅行をできたかも怪しいが、馬車の戸についた金具や椅子に使われている布なんて気にも留めなかった。 

「次に旅をするときは、ボクが馬車を作る。馬も飼おう」
「え？　ふふ、それは、いいね。でも、馬は二頭にしてあげて。馬が一頭だけでいるのは、僕が可哀想と思うから」
「わかった」 

　まだ今回の目的地に辿り着いてすらいないのに、レモーノは可笑しな人だ。馬車に乗って、自分でも作りたいと思う人は、初めてだ。人間より馬と結婚したいと思っていたくらいだ。

「馬と言えば、レモーノの昔の話を聞いてもいい？」
「はい」
「レモーノは、結婚するなら、人間より馬の方がいいと思っていたと話した。その頃から、君は馬車のことを知っていた？」
「知っていた。その頃から、ボクは旅をすることを考えていた。もっと前、森を出てから、家ではなく外に住むことが、ボクの普通だった。だから、走る力の強い犬や猫か、運ぶ力が強い牛や馬がいいと思った。人間は、もうボクがいる、外で生きるには弱い」
「確かに。自分にはできないことができる、旅の相棒がほしかったんだね」
「あいぼう？」

 

「えっと、ペンを使うと、紙に文字が書ける。ペンと紙は、文字を書くための相棒。ペンを動かすには、紙を押さえる力が必要。僕は右手でペンを動かすから、左手で紙を押さえる。右手と左手は、手で何かをするときの相棒。持っている力や役目が違うけど、一緒にいると、できることが増える。特別な仕事の仲間」

 

「ミエルは、レモーノの最高の相棒だ。でも、ボクはミエルのやりたいことをたくさんしてほしいから、いつもボクの相棒でなくていい」
「あ、ありがとう……」

 

「今、何を苦しいと思った？」
「え？」
「ボクに相棒だと思われること？」
「違うよ！」

 

「僕は、その、レモーノに、いつも、僕だけの相棒でいてほしい。他の人の、役に立ってほしくない。僕だけに、君の力を使ってほしい」
「わかった」
「い、嫌だよね？　レモーノにも自由が……」
『それで怪訝な顔をしたのか』

 

「ボクの命は、キミのものだ。キミだけにボクの力を使うのも、キミがしてほしいなら、ボクはできる。だから、自由を求めているのは、キミだ」
「え？」
「キミは、自分が嫌だと思ったことを、ボクにしたい、してほしいと思うとき、必ず同じ話し方をする。お願いするのが怖いだけではない。今なら、そうだな、“役に立つ”の言葉で、苦しみの蝋燭に火が点いた。違う？」

　そうか、レモーノは僕の言葉と話し方から、僕の心の“苦しみの蝋燭”を探しているのか。

「自由を求めているのは、僕……“役に立つ”の言葉……」
「ボクの考えだ。ミエルの心の話だから、わからない。違うと思う」

 

「嫌なこと、話してもいい？」
「はい」
「僕の両親は、貴族のルールで、結婚して、同じ家に住んだ。父と母で、僕に求める役が違った。子供の僕は、違う姿の僕を求められて、どちらになればいいのか、わからなくなってしまった」
「違う姿のミエル？」
「父は、僕に、体の力が強い人になってほしかった。母は、僕に、美しい人になってほしかった。体の力は、たくさん動かないと、強くならない。動くと、怪我をすることもある。強くなるために動くことと、美しくなるために動かないでいることと、僕はどちらをすればいいのか、わからなかった」
「えっと、ミエルは？　動きたかった？　動きたくなかった？」

 

「僕は、怒られたくなかった」
「父の言うことを聞いても、キミは母に怒られる。母の言うことを聞いても、キミは父に怒られる。合ってる？」
「そう」

 

「でも、僕は、家族のことが好きだ。大切だ。だから、僕は、いつも喧嘩している二人に、笑ってほしかった。いつもイライラしている二人に、笑ってほしかった。僕は、仲の良い家族に、なりたかったんだ」

 

「笑って、優しくして、僕の怖いや苦しいを減らして、僕の話を聞いてほしかった。大丈夫だよ、よく頑張っているね、何に困っているの、一緒にできるようになろう、安心してゆっくり休んでほしい。僕は、ずっと、他の人から、そう言われたかったんだ。一人の人として、大切にされたかった」

「それだけなのに、君しか、言ってくれなかった。僕が何を言ってほしいのか、僕が何を言いたいのか、聞いてくれたのは、君だけだ」

「だから、君といるのも、君を失うのも、怖い。僕が君に言ってほしい言葉を教えているだけで、君が言いたい言葉なのか、わからない。ミエルが嫌いだ、ミエルの元を去りたいと、僕が言ってほしくないから、君から言葉を奪っているだけなのかもしれない。僕は、ずっと、そう、思ってる」

「そうだね。ミエルは、ずっと、ボクに教える言葉で苦しんでいる。おやすみの言葉も、大切の言葉も、褒めるの言葉も、嘘だとか、良い意味なのにとか、ミエルは苦しいと言う」

 

「そして、ボクは、その意味を、今わかった。ボクの言いたい言葉と、ミエルの教えた言葉が合ってるか、ミエルはそのことがずっと怖い。ボクの知る言葉が、ミエルの言ってほしい言葉だけになるのが怖い。本当は、違うことを考えているのではないかと疑ってしまう」

 

「ボクの言いたい言葉を考えてくれて、ありがとう。でも、ボクは、ミエルの聞きたい話をしたいから、ボクの知る言葉が、ミエルの言ってほしい言葉だけになっても、大丈夫。話すのが下手の良いところだ。ミエルの言ってほしい言葉だけを覚えて、ミエルの聞きたい話だけをするもできる。それでミエルがボクともっと話したい、ミエルの話を聞いてほしいと思ったら、ボクはとても幸せだ」 

　一緒に力加減も覚えてくれ。
　否、レモーノはこのままでいい。僕に加減のない言葉を向けてくれなくなったら、嫌われたのかと絶望してしまう。彼に少しでも言い淀まれたり、話題を変えられたりしただけでも、僕は動揺して自制心を失った。 

「言葉は、少しの気持ちしか、運べない。ミエルは、レモーノがどう見える？　嫌いと思っている人がする行動をしている？　離れたいと思っている人がする行動をしている？　他の人ではなくて、レモーノを見て答えてほしい。ボクは、スフィリットの人ではないから、行動を間違えているかもしれない」

 

「今は答えなくていい。でも、ボクの考えは、全部、ボクの行動に出る。言葉が怖いなら、行動を見てほしい。ボクは、ミエルのやりたいことがたくさんできたらいい、ボクの力も使うといいと思うから、キミと一緒にいて、ボクの力を使う。ボクの力をミエルだけに使うも、嬉しいお願いだ」

 

「じゃあ、えっと、スフィリットの言葉は、僕だけに使ってほしい。あと、レモーノの生まれた国の言葉も、僕だけに教えてほしい。他の人には、メルバンカの言葉を使ってほしい」
「わかった」
「あと、馬車は一緒に作ろう。僕も、何かを作ってみたいんだ。僕が怪我をすると、他の人が怒られるから、僕は、本を読むしかできなかった」
「勿論。ボクも一緒に作りたい」

「でも、今は、旅行を楽しもう」
「そうだね。それがいい」 

　前置きもなく、レモーノの鼻にキスをすると、彼は目を丸くした後、ふにゃっと力の抜けた笑みを浮かべた。